企業は先端技術に対して、「他社に先駆けて取り入れたい」「リスクやコストは極力低く抑えたい」といった葛藤を抱えている。従業員が約200種類のAIエージェントを作成したある企業は、安全性を確保しつつ先進技術を試すための“場”を全従業員に提供している。
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イノベーションとスピード、スケーラビリティ、コストのバランスをどう取るべきか――。企業とその技術リーダーたちは、生成AIやAIエージェントのような先端技術をいつ導入すべきかという模索を続けている。
オンラインで旅行サービスを提供するある企業は、全従業員に向けた生成AIを活用のための枠組みを構築し、既に約200種類のAIエージェントを作成した。セキュリティやコスト、法律といった生成AIにまつわる問題に同社はどう取り組んでいるのか
オンライン旅行サービスを提供するExpedia GroupでデータとAIの領域を担当するシーイー・ピクレル氏(シニアバイス・プレジデント)は「2022年にOpenAIの代表的なツールがリリースされた後、当社はOpenAIといち早く連携した企業の1社だった」と語る。宿泊施設の予約サービスを提供するVrboやHotels.comの親会社である同社は、生成AIへの関心の高まりを生かそうと顧客向けアプリに「ChatGPT」を組み込み、さらにプラグインも開発した(注1)。
ピクレル氏は、これらの取り組みを「第1章」と表現している。
自社の戦略が成熟し、AIに関連するツールやプロジェクトのポートフォリオが拡大する中でExpediaはイノベーションとスピード、スケーラビリティ、コストのバランスを追求してきた。
ピクレル氏は「CIO Dive」に次のように語っている。
「世の中には多くの期待や熱気があり、われわれのところにも多くの話が舞い込んでくる。時にはそれらに気を散らされることもあるが、逆に目を見開かされることもある」
Expediaは、AIを戦略的な取り組みをけん引する原動力と捉えている。その取り組みの重点分野にはより優れた顧客体験の提供や成長の促進、そして業務効率の向上が含まれている。
Expedia Groupのアリアンヌ・ゴリンCEOは、2024年第4四半期の決算説明会における電話会議で次のように語った(注2)。
「AIは単なるコスト削減のためのものではない。AIによってわれわれのチームは、より大きなインパクトを与えられる業務により多くの時間を割けるようになる」
同社では部署ごとに異なるAIツールを使っている。ピクレル氏は「開発チームはMicrosoftの『GitHub Copilot』によってコードの品質が向上し、テストプロセスも強化された」と述べる。Expediaのマーケティングチームは生成AIを使って画像ライブラリを検索したり、キャッチコピーのアイデアを繰り返し試したりしており、時間の節約と創造性の向上につながっている。
「基礎的な業務と先駆的な取り組みのバランスを取ることが重要だ」(ピクレル氏)
Expediaは、主要なテクノロジーベンダーと提携しており、提携企業のロードマップを定期的に確認することで今後の展開を予想している。
現在、大半のベンダーがAIエージェントに関連する機能やサービスを売り出している(注3)。
「AIエージェントには高い期待が寄せられているが、われわれはそれに注意を払わなければならない。AIエージェントに飛び付くことで既存の業務フローを無視したり人間の関与を排除したりする恐れがある」(ピクレル氏)
企業によるAI導入の取り組みが順調に進むとは限らない。技術に対する従業員の関心の低下や技術的な課題(注4)(注5)、チェンジマネジメントのつまずきなど(注6)、さまざまな障害に直面するだろう。
Expedia Groupは従業員のエンゲージメントを高め、最も差し迫った技術的課題の幾つかに対応するために、社内向けに「生成AIのプレイグラウンド」(実験の場)を構築した。
「この取り組みは職種を問わず全従業員を対象としている。まだ始まったばかりだが、極めて有望なエンゲージメントの兆しが見えている」(ピクレル氏)
同社の「プレイグラウンド」は、従業員が約19種類のLLM(大規模言語モデル)を使って安全なインターフェースで自由に実験できるようになっている。コストも追跡できる仕組みだ。ピクレル氏によると、このプラットフォームは2025年1月に導入され、既に1万回以上タスクが実行され、約200種類のAIエージェントが作成されたという。
ベンダーが変革を約束する一方で、Expedia GroupはAIエージェントに関してはシンプルなアプローチを維持しているとピクレル氏は語る。同社は従業員に対して、AIエージェントの技術を次の3つの段階に分けて説明している。
Expediaは法律およびセキュリティ、技術の専門家で構成される「責任あるAI委員会」によって、AIの活用事例が適切にチェックされる仕組みを構築した。通常、活用事例は「リスクが低いもの」と「リスクが高いもの」の2つに分類される。
「責任あるAIの実現に妥協はない。このようにして、AIの安全性や透明性、公平なユースケース、説明可能性を確保している」(ピクレル氏)
(注1)How CIOs set the pace of generative AI adoption(CIO Dive)
(注2)EDITED TRANSCRIPT(REFINITIV)
(注3)Nvidia launches models to ease AI agent development(CIO Dive)
(注4)Employee AI adoption cools globally(CIO Dive)
(注5)Stuck in the pilot phase: Enterprises grapple with generative AI ROI(CIO Dive)
(注6)C-suite leaders grapple with conflict, silos amid AI adoption(CIO Dive)
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