移行だけでは終わらない、生成AIによるレガシーモダナイズの現在地

これまでCOBOLをJavaに変換するツールは多数存在していたが、古いプログラム構造が新しい環境に移動するにとどまることも多かった。生成AIの登場によってレガシーモダナイズはどのように変わったのか。モンスターラボのCTO平田大祐氏に聞いた。

» 2025年06月10日 07時00分 公開

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

 モンスターラボは、レガシーシステムのモダナイズに生成AIを活用するサービスを開発した。メインフレームのシステムで使われるCOBOLなどの言語を生成AIによって解読し、プログラム構造を解析、コードを変換するだけでなく、仕様書の作成やモダナイズ方針の提案に生かしている。

平田大祐氏(出典:筆者撮影)

 レガシーモダナイズにおける生成AI活用はどこまで進んでいるのか。また、従来のレガシーシステムの課題はどこまで解決されているのか。

 開発をリードしたモンスターラボの平田大祐氏(常務執行役員CTO《最高技術責任者》 APAC担当)に、生成AIによるレガシーモダナイズの現状を聞いた。

レガシーシステムとは「中身の分からないシステム全て」を指す

 平田氏は、企業が直面しているレガシーシステムの現状について次のように説明する。

 「レガシーシステムにまつわる問題は『2025年の崖』という言葉にも象徴されています。今年がまさに2025年に当たりますが、これは今年何かが起きるということではなく、むしろ、対策を講じない企業では今後もレガシーシステムに起因する問題が継続します」

 同社は、構成が古いシステムをレガシーと指すのではなく「構造が不明で、柔軟性を欠いて変化に対応できないシステム全般」をレガシーと捉え、モダナイズの重要性を訴えている。仮にJavaによるシステムだったとしても、古いものでは開発して20年以上経過したものもある。中には、開発者が退職していたり、仕様書が残されていなかったりすることでブラックボックス化したプログラムも存在する。こうして「再レガシー」化したシステムが問題をさらに複雑にしている。

 「ブラックボックス化したシステムは2重の意味で企業にダメージを与えている」と平田氏は指摘する。

 「ある企業では企業のIT予算の7割以上が既存のシステムの維持管理に使われているといいます。中身が分からず、誰も手を付けられない状態のシステムは、無駄に費用がかかる可能性があるためです。企業がDXを進めようにも十分な予算を使えません」

 レガシーシステムの問題は攻めのIT投資に使える予算が削られるだけではない。仮にモダンなITを導入したとしても、レガシーシステムが使い勝手を悪くする。クラウドアプリケーションを活用したり最新のAIを利用したりしようとしても、それらをレガシーシステムに接続することが容易ではなく、最悪の場合は接続できないケースもある。

 「中身が分からない状況でシステム使い続けていると、万一トラブルが起きたときに原因と対処法が分からず、復旧までに長い時間がかかるかもしれません。企業の根幹を動かす基幹システムであれば大きな損失につながります」

 直ちにレガシーシステムと決別して再構築すればいいと考えるところだが、現状維持を望む声も存在する。問題なく安定して動いているシステムを変える必要はないと考える人に対して、業務プロセスを変えてまでシステムを入れ替えることを納得させるのは、IT部門にとっての難題だ。

 現状維持を望む層にモダナイズの必要性を理解してもらうには、IT部門の管理の効率性や将来の技術的な拡張性を説明するだけでは不十分だ。「ROI(投資対効果)を示すことで企業全体の経済的メリットとしてモダナイズを議論することも重要です」と平田氏は指摘する。

コードの翻訳だけではない、モダナイズの重要性

 モンスターラボは生成AIを活用したモダナイズサービス「CodeRebuild AI」を提供している。その名の通りレガシープログラムのコードを再構築(書き替え)するサービスだ。これまでもCOBOLをJavaに変換するようなモダナイズツールは多数存在していた。同社が提供している生成AIを活用したモダナイズサービスは、従来のサービスとどのように異なるのか。同社のサービスを例にレガシーモダナイズにおける生成AI活用の現在地を見ていく。

 平田氏は、「生成AIを活用することで、これまで放置されてきたコードを書き替えられる可能性が高まりました。当社はそこにいち早く着目し、まずはシンプルなコードの変換から始め、プログラムの詳細設計、基本設計、全体の要件と言った順にさかのぼるアプローチを進めました」と話す。

 ソフトウェア開発は、ウオーターフォール型の「V字モデル」で表される。この開発工程は、まず要求仕様の分析から始まり、要件定義、基本設計、詳細設計へと段階的に進む。「V字モデル」の最下層に位置するのが、詳細設計に基づいたプログラミング(コーディング)だ。コーディングが完了すると、今度は「V字」の右側を上っていくように、下位のモジュールから順にテストを実施する。最終的にシステムの全体テストが完了し、企業への納品、そして稼働へと至る。

V字モデル(出典:モンスターラボの提供資料)

 冒頭で記した通り、レガシーシステムはプログラムの情報しか存在せず、その前段階の設計書や要件定義の仕様書が消失しているケースが多い。これに対して「従来のコード変換ツールは、ソースコードを単純に変換していた」と平田氏は話す。新しいプログラムで動作はするものの、どういう検討過程を経てそのプログラムが書かれているのかを知ることはできない。これを平田氏は問題視した。

 「コードを翻訳しただけでは、古いプログラム構造が新しい環境に移動するだけです。これでは、レガシーシステムの問題の半分以上は未解決のまま残ってしまいます。私たちは、古いシステムの中身を解読し、全てを知りたいと考えました」

 システムの保守期限が切れることに対応するため、古いコードを変換して新しい環境に移したとしても、業務プロセスが古い状態のままで効率化は進まない。時が経てば再びレガシー化するだけだ。

 「ブラックボックス化したプログラムの中身を知りたいというニーズは存在します。そこで、当社はソースコードを生成AIによって分析し、プログラムの設計書を書き起こすリバースエンジニアリングを実施しています。V字モデルを遡上する形で仕様書を見える化できれば、それを新しいシステムの検討に生かすことが可能です」(平田氏)

 レガシーシステムをそのまま移行(マイグレーション)するだけでなく、新たな仕組みに作り変える(モダナイゼーション)ことが企業の競争力強化につながる。そのためには従来のシステムの構造を理解することが不可欠だ。

生成AIの急進化に合わせてサービス範囲を拡大

 CodeRebuild AIは、レガシーシステムの分析結果に基づいた新しい方針でのシステム再構築を自動化するサービスも提供している。生成AIの進化に対応しながら適用範囲を広げており、現在は現状システムの分析と情報収集、設計の最適化、新たなコード生成に加え、プログラム単体のテストまで対応範囲が拡大している。

 「システム開発を効率化する際に最もコストと時間がかかるのは人手の作業であるため、生成AIを適用して自動化を進めています。注意しているのは、生成AIの急速な進化によって、現在課題となっている部分が半年先には解決してしまっていることが十分に考えられることです。私はCTOとして『何を開発して何をAIで置き換えるのか』を見極める責任を負っています」(平田氏)

 今後、システム開発会社にとって、レガシーシステムのモダナイズに生成AIは不可欠になるだろう。ベンダー間の競争が激しくなることが予想されるが、モンスターラボの強みはどこにあるのか。平田氏はこう話す。

 「企業が抱えているレガシーシステムは、業種や事業の規模などによって異なります。他社に先行してさまざまな企業のレガシーシステムを解析し、内容の理解に取り組んできた当社には、確実にノウハウが蓄積しています。このアドバンテージは大きいと思っています」

 レガシーシステムをCodeRebuild AIで解析するデモを実施すると、ほとんどの企業がその精度に驚くという。だがそれで、すぐにプロジェクトを開始できるわけではない。同社は、単に既存システムを置き換えるだけでなく、レガシーからの脱却を果たす実効性の高さをアピールしている。定量的な効果としては、CodeRebuild AIを利用することで、開発工数を約30%削減することをうたっているが、自動化の割合は日々増加しているという。

製造業を中心に採用企業が増加

 レガシーシステムを抱える企業でCodeRebuild AIの採用が増加しており、特に製造業からの引き合いが多い。例えば、ある地方製造業は、メインフレーム提供メーカーの事業撤退を機にCodeRebuild AIを導入し、基幹システムのモダナイズに成功した。

 また、ある工場を展開するメーカーでは、まず一つの工場でパイロットプロジェクトとしてモダナイズを実施。その成功を基に、他の工場や本社へと段階的に展開していく計画だ。平田氏によると、レガシーシステムは拠点ごとに異なる内容を持つため、自動化と手動開発の適切な使い分けが重要であり、これまでのノウハウが生かされれている。

 生成AIをはじめとする先進技術への対応など、大手のベンダーができない小回りの効く動きの速さを武器にしている同社だが、常にスピードを意識していなければ後れを取ると平田氏は話す。

 「技術はどんどん進化するので、学んだことがあっという間に陳腐化することも日常茶飯事です。ですから次のことを学びにいく必要があります。常に学び、アジャイルに実行する組織であり続けることが、当社全体の企業文化でもあります」

 生成AIはブラックボックス化していたレガシーシステムを解読し、失われた設計思想を「見える化」する。これにより、企業は古いシステムをただ新しい環境に載せ替えるだけでなく、業務プロセス自体を見直し、将来を見据えたシステム再構築ができるようになるだろう。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

注目のテーマ

あなたにおすすめの記事PR