なぜ「安全」が外された? トランプ政権が“衣替え”させたCAISIとはCIO Dive

米商務省は、「AI安全研究所」を「AI標準、イノベーションセンター」に改組すると発表した。なぜ組織名から「安全」が外されたのか。

» 2025年07月14日 08時00分 公開
[Lindsey WilkinsonCIO Dive]

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 ドナルド・トランプ米大統領は政権発足後、バイデン政権時代の取り組みを否定して異なる方向性を示してきたが、AI関連政策についても同様のようだ。

 米商務省は2025年6月(現地時間、以下同)、同省傘下のAI安全研究所(U.S. AI Safety Institute)をAI標準、イノベーションセンター(Center for AI Standards and Innovation:CAISI)に改組すると発表した(注1)。これはトランプ大統領の指示に基づくもので、ハワード・ラトニック商務長官が発表した。

なぜ「安全(Safety)」が外された? “衣替え”の理由は?

 新しい組織名から「安全(Safety)」という語がなぜ外されたのだろうか。トランプ政権のAIに関する方針に対するIT業界の反応とともに見ていこう。

 CAISIは、関連するテストや研究の「主要な窓口」となることを目指す。

 結論から言うと、トランプ政権はバイデン政権時代のAI関連政策はAI開発を委縮させるものと捉え、今回の改組を機に検閲や規制を緩和することで国家のAI基盤が強化されると考えているようだ。

 CAISIへの改組を発表した声明で、ラトニック氏は次のように述べた。「今回の改組を機に、商務省は幅広い科学的、産業的専門知識を駆使して、米国や海外で開発されたAIシステムの能力や脆弱(ぜいじゃく)性、脅威を評価、理解できるようになる」

 ラトニック氏によると、米国では長期間にわたって、国家安全保障の名目でAI開発に対する検閲や規制が進められてきた。今回の改組を機に検閲や規制が緩和されることで、制限を受けることなくAIシステムの開発を進められるようになるとしている。

 同声明では、CAISIの機能として次の2点が明らかになった。

  1. 米国立標準技術研究所(NIST)と連携し、安全なAIシステム構築のためのガイドラインやベストプラクティス、自主基準を策定する
  2. 民間のAIベンダーや評価機関と協定を結び、国家安全保障の脅威となり得るAIの性能を評価する取り組みを主導する。評価では、サイバーセキュリティ、バイオセキュリティ、化学兵器といった実証可能なリスクに重点を置く

 記者会見ではU.S. AI Safety InstituteとCAISIの違いについて尋ねる質問があったが、広報担当者はその場での回答を控えた。

IT業界からは好意的な反応

 トランプ大統領は、AIに関する技術開発を進める上で障害となる要素を取り除く方針を示している。2024年12月には、決済サービス「PayPal」の元最高執行責任者、デビッド・サックス氏がAIおよび暗号資産担当特使に任命された(注2)。 2025年1月、AIの安全性に関する大統領令「14110」を撤回した(注3)。14110は、ジョー・バイデン前大統領が2023年10月に署名したものだ。 それ以降、トランプ政権は国家のAI技術力拡大を推進してきた。

 2025年1月、トランプ氏は国家AI基盤強化プロジェクト「Stargate」への支持を表明した(注4)。これは、OracleやOpenAI、ソフトバンクを中心とする複数の民間企業による4年間の取り組みだ。

 2025年2月、フランス政府主催の「AI Action Summit」が開催された。同会議でJ・D・ヴァンス米副大統領は、各国首脳により規制緩和的なアプローチを取るよう求めた(注5)。

 AI Action SummitではAIに関する共通の優先課題を確認する声明(注6)が発表されたが、米国と英国は署名しなかった 。

 2025年4月、AI技術人材の育成と教育機会の増強を目的とした大統領令「Advancing Artificial Intelligence Education for American Youth」をトランプ大統領が発令した(注7) 。同月、ホワイトハウス科学技術政策局(OSTP:Office of Science and Technology Policy)は、AI行動計画(AI Action plan)策定のために募集した1万件以上のパブリックコメントを公開した (注8)。AI Action planは、トランプ大統領が撤回した「14110」の代わりに策定されるもので、2025年7月に策定予定だ(注9)。

 トランプ大統領を中心とする共和党は、州レベルでのAI技術規制の拡大に対し(注10)、州や地方のAI技術関連法の提案と制定を10年間凍結する法案「One Big Beautiful Bill」を下院に提出した(注11)。2025年5月、法案は下院で可決された。同年7月、法案は上院でも採決された。

 この法案は専門家の間で議論を巻き起こしているが、IT業界からは好意的な反応が示されている。

企業のAI活用にも影響 CAISIやNISTが示す指針はどうなる?

 ソフトウェアに関する業界団体Business Software Alliance(BSA)のグローバル政策担当バイスプレジデント、アーロン・クーパー氏 は2025年6月、CAISIに関する声明を発表した(注12)。同団体はNISTと協力し、AIのベストプラクティス策定に携わってきた。クーパー氏は、これまで培ってきた知見をCAISIと共有し、CAISIの具体的な活動内容をさらに学びたいと期待を寄せる。

 情報技術産業評議会(ITI)も2025年6月、CAISIを指示する声明を発表した(注13)。 ITIの政策担当バイスプレジデント、コートニー・ラン氏は「この取り組みは米国のイノベーションを後押しし、国家安全保障の強化にもつながる。トランプ政権と米連邦政府議会が連携し、CAISIやNISTが必要なリソースを確保できるよう後押しすべきだ」と述べた。

 一方、「Cybersecurity Dive」は2025年5月、NISTの予算削減や主要人材の離職が同機関の体制に影響を及ぼしていると報じた(注14)。

 企業はAI導入の取り組みを進めるにつれて、CAISIやNISTに指針を求めるようになるだろう。NISTはこれまでもサイバーセキュリティや生成AIの標準策定で重要な役割を担ってきた(注15)。

(注1)Statement from U.S. Secretary of Commerce Howard Lutnick on Transforming the U.S. AI Safety Institute into the Pro-Innovation, Pro-Science U.S. Center for AI Standards and Innovation(U.S. Department of Commerce)
(注2)Trump picks Silicon Valley investor as AI, crypto czar(CIO Dive)
(注3)Trump rescinds Biden executive order in AI regulatory overhaul(CIO Dive)
(注4)Trump unveils Stargate, a $500B AI infrastructure push(CIO Dive)
(注5)Vance promotes AI deregulation strategy overseas(CIO Dive)
(注6)AI Action Summit: UK and US refuse to sign inclusive AI statement(ComputerWeekly)
(注7)Trump administration launches AI training push(CIO Dive)
(注8)American Public Submits Over 10,000 Comments on White House’s AI Action Plan(The White House)
(注9)REMOVING BARRIERS TO AMERICAN LEADERSHIP IN ARTIFICIAL INTELLIGENCE(The White House)
(注10)Virginia vetoes AI bill in latest push toward light-touch regulation(CIO Dive)
(注11)Trump’s proposed freeze on state AI laws: What CIOs need to know(CIO Dive)
(注12)BSA Welcomes Creation of Center for AI Standards and Innovation(Business Software Alliance)
(注13)ITI Welcomes New U.S. Center for AI Standards and Innovation(Information Technology Industry Council)
(注14)NIST loses key cyber experts in standards and research(Cybersecurity Dive)
(注15)CIOs turn to NIST to tackle generative AI’s many risks(CIO Dive)

(初出)Trump admin rebrands AI safety institute in latest oversight move

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