「レガシーを“1行”も残さない」 ソニー銀行がクラウドオンリーに踏み切った理由AWS Summit Japan 2025

ソニー銀行は勘定系を含む全てのシステムをクラウドに移行した。多くの企業がミッションクリティカルなシステムをオンプレミスで運用する中、「クラウドファースト」でなく「クラウドオンリー」に踏み切った理由は何か。

» 2025年07月18日 08時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 ミッションクリティカルなシステムのクラウド移行は、「停止が許されない」という困難が伴う。

 勘定系システムを含めて全てのシステムをクラウドシフトしたソニー銀行の事例から明らかになった、同行がクラウドシフトに踏み切った理由と、それを実現するための方策とは。

本稿は、Amazon Web Services(AWS)が主催したイベント「AWS Summit Japan 2025」(開催日:2025年6月25〜26日)でソニー銀行の福嶋達也氏(執行役員)が「ソニー銀行におけるビジネスアジリティ向上のためのクラウドシフト戦略〜勘定系移行までの道のり〜」というテーマで講演した内容を編集部で再構成したものだ。

なぜソニー銀行はクラウドオンリーなシステムを実現したのか?

 ソニー銀行は、ソニーフィナンシャルグループの一員として2001年に個人向けのネット銀行として創業した。同行は10年以上にわたって「Amazon Web Services」(AWS)を利用し、周辺システムから段階的にクラウドへの移行を進め、2025年5月に勘定系システムのクラウド移行を完了させた。これによって同行のシステムは、全てクラウドで稼働することになった。

 「旧来の銀行システムは、複雑なシステム同士が密結合しています。多くの銀行がクラウド移行を進めていますが、まだ周辺系システムにとどまっており『道半ば』といえます。そのため、『攻めのIT』に十分に投資できず、新しい商品をスピーディに開発できないといった課題があります。それに対して当行は、クラウドオンリーなシステムを実現したことで、ビジネスアジリティを高め、攻めのITに十分な投資ができる状態となりました」(福島氏)

 同行はなぜビジネスアジリティを重視するのか。その背景について、福島氏はこう語る。「変化が激しく将来の予測しにくく先行きが不透明(VUCA)な今、アジリティを高めることが不可欠だと認識しています。銀行業界では新しい商品を、規模を意識せず一斉に導入したり、既存の商品をクイックに改良したりすることが、アジリティを高めることに該当します」

 そのため同行のIT部門はITプラットフォームを作り替え、同時にITの組織マネジメントも刷新するという2つのアプローチで、ビジネスアジリティの向上に取り組んでいる。

 図1 アジリティを向上させるためのITプラットフォームとITマネジメント(出典:ソニー銀行の講演資料) 図1 アジリティを向上させるためのITプラットフォームとITマネジメント(出典:ソニー銀行の講演資料)

 福嶋氏は、1つ目のITプラットフォームに焦点を当てて、「当行ではビジネスアジリティ向上のために、クラウドオンリーにすることが答えだと考えました。また、商品を開発するときには勘定系システムにも手を入れることになるため、勘定系も先進的なシステムに作り直すという認識で進めました」と背景を語った。

 ビジネスアジリティのためにクラウド化を進めた理由については、「品質を確保した上で、より安く早く作ることができる環境が必要でした」と語る。「何もかも自社で作っていたのでは時間もコストもかかります。そこで『使えるものは使う』という発想に切り替えました」(福嶋氏)

 もう一つ、従来システムで問題だったのが「密結合」だ。密結合の方が早く作れるケースもあるが、「大局的に考えれば、疎結合状態が生産性向上に資すると考えました」(福嶋氏)。これらを満たす先進的な技術が、まさにクラウドだという結論に至ったという。

大阪リージョン開設が勘定系システム移行の契機に

 こうした方針に基づき、ソニー銀行は2013年からAWSを活用している。最初はごく一部のシステムからはじめ、保守期限切れに合わせて、1つずつクラウドに移行した。

 「クラウド移行は念には念を入れて慎重に進めました。2019年に実施した財務会計システムの移行が1つの節目になりました。銀行の基幹システムの重要部分である『総勘定元帳』を司る財務会計システムを勘定系システムの本体から切り離し、AWSへ移行しました。その際、『AWS 大阪ローカルリージョン』(当時。現在の大阪リージョン)も利用することで可用性を確保しました」(福島氏)

 そして今回、2025年5月に新勘定系システムをAWSで稼働させることに成功している。一歩ずつ歩を進め、「全方位のクラウド化」を達成した。

 ここまでの道のりを振り返り、福嶋氏は「誰かが作った道があったわけではなく、当行が道を切り拓いてきました」と自負する。

 同行はAWSの利用を開始した2013年から、情報セキュリティのアセスメントを丁寧、かつ広範囲に実施した。その結果、国内に1拠点しかリージョンがないことを除き、勘定系のクラウド移行にAWSは「耐え得るもの」だと認識したという。

 「日本には地震のリスクや東日本と西日本での電源周波数の違いといった固有の事情から第2のリージョンが必要だということを、2014年からAWSジャパンに働きかけてきました。当行以外にも同様の要望を出したところもあったのか、こうした声が届いて2018年に大阪で国内第2のリージョンが稼働することとなりました。これを受けて再度アセスメントを実施し、勘定系システムの移行に着手しました」(福嶋氏)

 その後、大阪ローカルリージョンが通常のリージョンに昇格することが見えてきたことで、ソニー銀行は業務システムの全てをAWSに移すことを2019年に決めた。

図2 AWSへの働きかけとリスク評価(出典:ソニー銀行の講演資料) 図2 AWSへの働きかけとリスク評価(出典:ソニー銀行の講演資料)

 同行がIT基盤としてAWSを採用するに当たって評価したポイントにサポート体制がある。「クラウドだから全てセルフでやらなければいけないわけではなく、充実したサポートが受けられる点がよかったと思います。AWSには優れた技術スタッフがおり、新勘定系システムでも多くの支援を受けました」(福嶋氏)

 同行が新勘定系システムの稼働に向けて2025年2〜6月末に受けた「AWS Countdown Premium ティア」は、本番稼働時の移行準備や移行当日の24時間特別支援体制、移行後のトラブル対策などに特別なサポートが受けられるサービスだ。AWSの専門家が現場に入ることで「万全の態勢で本番稼働に臨めた」(福嶋氏)という。

 勘定系システムの移行は次の手順で進められた。まず2024年7月から半年以上かけて、連休に合わせて顧客向けのサービスを停止し、移行のリハーサルを4回実施した。その結果を確認して、本番移行は2025年5月2〜6日の5日間で実施された。AWS Countdown Premium ティアによる支援も受けながら、10カ所のチェックポイントを設けて慎重に進めていった。その結果、本番稼働開始後に障害は一切起きなかったという。

「レガシーを1行も残さない」ネイティブなクラウドシステム

 今回稼働した新勘定系システムについて、福嶋氏は「当行のシステムは、奇をてらったことは何もしていません。一般的にいわれている『古いシステムの課題を打破するための処方箋』を忠実に適用したにすぎないと考えています」と語る。

 同氏が言う「古いシステムの課題を打破するための処方箋」とは、オンプレミスでモノシリックに組まれたシステムを、マイクロサービスとクラウドネイティブな形に変えることだった。

 「当行は創業時からメインフレームではなくオープン系システムを採用しましたが、今から見ればそれも30年以上前の技術で作られたものです。年々開発生産性が落ちており、新しい技術を取り入れるのも難航していました。さらに、外部システムとの接続にかかる負担が大きいという問題もありました。それらを解決するためにシステムを刷新したのです」(福嶋氏)

 銀行業界全体を見ると、システムのクラウド化はまだ進んでいない。大半の銀行システムは、現在もオンプレミスで稼働している。一部の銀行では周辺系システムにクラウドを採用しているが、その場合も勘定系システムはオンプレミスであり、業務ロジックの部分にはCOBOLで書かれた50年以上前のプログラムが使われていることが多い。

 それに対してソニー銀行は、全ての業務ロジックをクラウドネイティブのJavaに書き替えており、古いプログラムは「1行も残っていない」(福嶋氏)という。

 同行の新勘定系システム「Fujitsu xBank」(富士通クロスバンク)は、ソニー銀行が富士通との共同開発によってAWSに構築したものだ。

図3  Fujitsu xBankの概要(出典:ソニー銀行の講演資料)図3  Fujitsu xBankの概要(出典:ソニー銀行の講演資料)

 AWSの先進技術を活用しており、機能ごとに独立したコンポーネントで構成されている。顧客が利用するインターネットバンキングや、行員が利用する営業店のシステムが、共通コンポーネントを必要に応じて呼び出す仕組みだ。バックエンド機能とフロントエンド機能の間には、仲介役としてBFF(Backend For Frontend)アーキテクチャを採用している。

 Fujitsu xBankは240を超えるAWSのサービスを組み合わせて構築されており、開発期間を短縮し、高いセキュリティも確保している。預金や為替といった銀行固有の業務は「Amazon ECS」 (Elastic Container Service) にコンテナ化して格納し、Webコンテンツは「Amazon S3」 (Simple Storage Service)に格納、データベースは「Amazon Aurora」を利用する。独立した電源や冷却装置、ネットワークを持つデータセンター群である「マルチAZ」(アベイラビリティゾーン)に加えて、前述したとおり、東京と大阪のマルチリージョンで高い可用性を実現している。

 マイクロサービスの構成については、富士通との議論を重ねて、一般的な形式とは異なる形で導入した箇所もあるという。「あくまで生産性を高めることが目的なので、あえて教科書的なやりかたを崩してもいいという、富士通の専門家による提案がありました。それを採用し、独自のコンテナアーキテクチャを採用した勘定系システムが出来上がりました」(福嶋氏)

 こうして10年以上かけて地道に進めたクラウド移行が完了し、ソニー銀行のシステムは完全にクラウドネイティブに変革を遂げた。

 福嶋氏は最後に「約7年前の講演で私は『ソニー銀行はクラウドファーストでなく、クラウドオンリーのシステムを目指す』と話しました。少し時間はかかりましたが、ようやくそれが叶い、ビジネスアジリティの高いこのプラットフォームができました。この基盤を生かしてさまざまな新商品や、外部の先端テクノロジーと連携したサービスを生み出していきたいと考えています」と語り、講演をしめくくった。

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