「ERPは記録システムから脱却」 SuiteWorldで示された進化の方向性SuiteWorld 2025

Oracle NetSuiteの年次イベント「SuiteWorld 2025」で、同社が目指すAIを活用した業務の在り方と、その具体策である次世代クラウドERP「NetSuite Next」の詳細が発表された。イベント内容と幹部インタビューを基に深掘りする。

» 2025年10月23日 07時00分 公開
[指田昌夫ITmedia]

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 米国ラスベガスで2025年10月に開催されたOracle NetSuiteの年次イベント「SuiteWorld 2025」。3日目の基調講演では、同社が目指すAIを活用した業務の在り方と、その具体策である次世代クラウドERP「NetSuite Next」の詳細が発表された。

 本記事では、「Ask Oracle」などの新機能や、AIエージェントによる自動化、そしてオープンでコンポーザブルなAI基盤、AI利用におけるガバナンスの重要性について、イベント内容と幹部インタビューを基に深掘りする。

AIがめんどうな業務を自動化し、処理時間を短縮

ギャリー・ウィシンガー氏(筆者撮影)

 進行役として基調講演に登壇した、Oracle NetSuiteアプリケーション開発担当 シニア・バイスプレジデントのギャリー・ウィシンガー氏は、同社製品の顧客アンケートの結果を紹介しながら、NetSuiteの製品開発の基本方針を説明した。

 NetSuiteユーザーにアンケートを取ったところ、75%のユーザーが、既に毎週AIを仕事で使っており、50%は「毎日使っている」と答えた。その一方で、AIをどう使えばいいかを悩んでいる企業も見られたという。

 ユーザーがAIの真価をまだつかみ切れていない状況で、NetSuiteはアプリケーションにAIを組み込むことで、普段使っているツールの機能内でAIを利用できるように製品を開発している。「AIは目的ではなく、あくまで手段。目的は顧客の成功だ」と、ウィシンガー氏は語る。

 またウィシンガー氏は、前日発表された「NetSuite Next」のより詳しい機能紹介をした。NetSuite Nextは、NetSuiteの画面右下の「Ask Oracle」に質問をすると、自社の基幹システムのデータを分析した回答が文字やグラフの形で得られるソリューションだ。

 例えばAsk Oracleに「請求書の支払いにかかる平均日数を表示」と依頼すると、月別の平均支払い日の推移をグラフで表示し、上位支払額のベンダーについて支払い期間がどう変化しているかを示すことも可能だ。経理担当者はこの分析を見て、すぐに具体的な対策を進められる。

 「これがAIとのコラボレーションの姿だ。Ask Oracleへの質問、AIの分析プロセスや回答のレポーティングの全ては自社のアセットとして蓄積される。それを生かしてビジネスの効率化、自動化をさらに進められる」(ウィシンガー氏)

Ask Oracleで「支払期日の遅れ」を多面的に分析する(筆者撮影)

 さらに、適切な権限を与えたAIエージェントが業務プロセスを組み合わせ、複雑な業務を自動的に遂行できる。

 「NetSuite Nextは、AIによってERPを単なる記録のシステムでなく、人に示唆を与え、人とコラボレーションするシステムへと進化させる。これこそが私たちが構築している将来像だ」とウィシンガー氏は語った。

オープン+コンポーザブルなAIクラウド基盤

 前日の基調講演でも説明があった「決算処理の自動化と期間短縮」「決済プラットフォームBillとの提携による支払い処理の自動化」などについて、Oracle NetSuiteプロダクト・マネジメント担当 グループ・バイスプレジデントのクレイグ・サリバン氏によって、より詳しい解説があった。

 コロナ禍を経てハイブリッド型のビジネスが拡大したことを受け、サブスクリプションビジネスの管理機能も強化される。

 これまでのNetSuiteには、サブスクリプションの契約管理や顧客単価、キャンペーン価格の適用などを細かく調整できる機能が用意されていた。それに加えて今回、企業のマネジャーや経営者が自社のサブスクリプションビジネスの全体像を管理できるダッシュボードを含む「サブスクリプションメソトロジー」を発表した。

 この機能には、個々の顧客の売り上げをまとめた上で、月間経常収益(MRR)、年間経常収益(ARR)などのサブスクリプション特有の指標を取りそろえ、月別の計画達成度や解約率の予測、顧客に課徴金が発生するリスクなどをスコア化する「カスタマーヘルススコア」などを表示できる。

「サブスクリプションメトリクス」は、月別に見た収益状況、キャンペーンの効果などをダッシュボードで一覧できる(筆者撮影)

 こうした新機能を提供するNetSuiteは、AIに対してオープンでコンポーザブルな環境を提供する。オープンとは、他社の言語モデル、オープンソースを含むさまざまなAIとの連携が容易にできることを意味する。またコンポーザブルは、AIについての機能をビルディングブロックで構築することで、NetSuite本体にネイティブに組み込まれる機能でありながら、企業ごとの要件に合わせたカスタマイズを容易にすることを指す。

 例えば、ビルディングブロックの要素の一つである「SuiteAgent」というAIエージェントは、自動化したい業務プロセスをトレースして自動実行するための開発ツールが用意されており、異常値が出た場合は人にチェックを促す仕組みを組み込んだAIエージェントを作れる。

AIエージェントは人の権限を越えてはいけない

 SuiteWorldでは基調講演と並行してNetSuite幹部へのインタビューも設定された。その席で多くの記者が質問したのは、やはりAIについての取り組み、今後の展望だった。

ブライアン・チェス氏(筆者撮影)

 記者は、AIエージェントの構築を容易にするプロトコルとして注目されるMCP(Model Context Protocol)について、NetSuiteのスタンスを尋ねた。この質問に、テクノロジー&AI担当 シニア・バイスプレジデント ブライアン・チェス氏はこう答えた。

 「MCPは非常にオープンなプロトコルだ。例えば『ChatGPT』でNetSuiteの機能を利用できる。そこで、NetSuiteのAIであるAsk Oracleでは、基幹業務に共通したタスクをこなし、より汎用(はんよう)的、一般的な領域は、汎用的な言語モデルに処理させるなど、AIを使い分けたプロセスを構築できる。MCPによって今後は、複数のAIを組み合わせたエージェントが増えると考えている」

 今回のSuiteWorldでは、NetSuiteがAIで業務をシンプルに、効率良くすることを目指しており、その具体策であるAsk OracleをはじめとするAIソリューションの発表が相次いだ。

エバン・ゴールドバーグ氏(筆者撮影)

 しかしAIブーム、AIバブルともいわれるAIへの過剰な期待によって、AI自体が多数のモデルやエージェントによって複雑化し、かえって業務が混乱する懸念が生じる。そうならないためにはどうすればいいか。この質問に、NetSuite事業のトップである、Oracle NetSuite 創業者 兼 エグゼクティブ・バイスプレジデント エバン・ゴールドバーグ氏は、次のように答えた。

 「確かに、全てのユーザーにあらゆるAIを使わせることは、混乱を招く恐れがある。実は当社でも、従業員に多くの権限を与えており、例えば従業員が独自のサーチ(エージェント)を作ることを許している。その結果、社内には数百のサーチが存在している。しかし、それ自体は悪いことだと思っていない。当社ではAIエージェントを管理するツールを導入しており、従業員の利用をモニタリングしながら、分散した利用環境でも混乱が起きないようにしている」

 同時にゴールドバーグ氏は、AIエージェントのセキュリティ、プライバシーを企業は慎重に管理すべきだと言う。「AIエージェントの権限は、その管理者の権限を越えてはいけないと考えており、AIにガイダンスを与え、人の目で統制をかけている」。

 今回のSuiteWorldのサブタイトルは「No Limits」、つまりAIで基幹業務のデータをこれまでの制約を越えて活用しようという思いが込められていた。しかしそれは、グレーゾーンに飛び込むことではない。守らなければいけないルールの範囲内でのことだ。

 エージェント機能によるAIの進化は、従来の業務の自動化、データ連携の限界を超える期待を抱かせる一方、それを扱う企業のガバナンス、セキュリティ、コンプライアンスの在り方を問い直しているといえそうだ。

(取材協力:日本オラクル)

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