“脱VMware”だけじゃない 東芝、富士通、JRA、楽天銀行も挑むITインフラ刷新の実態とは?

ITインフラの中核要素について「コスト削減」「拡張性の向上」といった異なる動機で刷新に踏み切る動きがある。その実態とは。VMware製品から他製品への移行、コンテナ活用などの具体的な事例を基に探る。

» 2025年10月31日 08時00分 公開
[鳥越武史ITmedia]

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 半導体大手Broadcomによる買収後の、VMware仮想化製品のライセンスモデルや価格設定の変更は、ユーザー企業に大きな混乱をもたらした。ITインフラの中核要素としてVMware製品を利用してきた企業の間では、コスト増加への対策として競合製品への移行に踏み切る動きが現れ始めた。一方でコストとは無関係に、ITインフラを支える製品・技術の機能的、性能的な限界を打破し、ビジネスの成長に即応できる拡張性を手に入れるために、他の製品・技術への移行に着手するユーザー企業もある。

 ITインフラの中核を担う製品・技術の移行は、ときにアプリケーションや運用管理ツールなどの変更を伴うこともあり、決して容易な決断ではない。それでも既存の製品・技術では対処が難しい問題を解決し得る手段が、他に存在するのであれば、それを活用するのは自然な選択だ。実際にITインフラの中核要素の刷新に挑んだユーザー企業は、何を目的にして刷新を決断し、どのような成果を得ているのか。2025年10月開催のITインフラ関連イベントに登壇した4社の事例から、その実態を探る。

動向1:“脱VMware”などの製品移行でコスト削減

 ユーザー企業にとって、IT製品のコストに関する課題は極めて重要性が高い。機能や性能が変わらないにもかかわらず、製品コストだけが高まれば、その分だけ投資対効果を損なうことになる。コスト削減は、ITインフラの中核要素を見直す主要な動機だと言える。

コスト懸念から“脱VMware”に挑む東芝インフォメーションシステムズ

 VMwareの仮想化製品に関するコスト増加の懸念から、他社製品への移行を決断したのが、東芝グループのIT施策を担う東芝インフォメーションシステムズだ。同社は移行先としてNutanixのハイパーコンバージドインフラ(HCI)製品を選定。2025年9月に新インフラの設計フェーズを終え、同年10月から本格的な移行を進めている。今後1〜2年かけて、約2200台の仮想マシンが稼働するインフラをNutanix製品に切り替える考えだ。

写真 Nutanix国内法人が2025年10月開催の年次イベント「.NEXT On Tour Tokyo」と併催した記者説明会で、導入事例を説明する東芝インフォメーションシステムズの濁川克宏氏(写真は全て編集部撮影)

 移行手段には、Nutanixの移行支援ツール「Nutanix Move」を採用した。Nutanix Moveは、アプリケーションのリファクタリング(内部構造の変更)や再設計をすることなく、NutanixのHCI製品への移行を実現する。国内外問わず、VMware製品からNutanix製品への移行に広く利用されており「システムへの影響を最小限に抑えてスムーズな移行を実現する上で、最適な手段だと判断した」と、東芝インフォメーションシステムズの技術統括責任者を務める濁川克宏氏は語る。

 東芝グループの中核ビジネスである社会インフラを支えるシステムには、長期的な安定稼働が求められる。VMware製品からの移行先を選定する際は、製品の機能だけではなく「継続的なサポートが得られるかどうかを重要視した」と濁川氏は説明する。東芝インフォメーションシステムズはNutanixの国内法人だけではなく米国本社の経営陣とも会話したり、製品ロードマップを確認したりする中でNutanixへの信頼感を深め、「継続的なサポートが安定的に得られる安心感を得た」(同氏)という。

製品移行で保守工数を9割削減した富士通

写真 .NEXT On Tour Tokyo併催の記者説明会で導入事例を説明する富士通の関根久幸氏は、自社が得たノウハウを基に、他の企業向けにNutanix製品への移行支援サービスを提供することを明らかに

 実際に他の仮想化製品から、NutanixのHCI製品への移行を済ませたのが富士通だ。同社は、ユーザー企業約3000社が利用するサービスを支えるITインフラの仮想化製品を、Nutanix製品に切り替えた。これまで活用していた仮想化製品名やベンダー名については明らかにしていないものの「ライセンスコストをはじめとする各種コストの削減を狙い、移行を決断した」と、富士通のサービスインフラ事業本部長、関根久幸氏は語る。

 東芝インフォメーションシステムズと同様に、富士通はNutanix Moveを利用してNutanix製品への移行を進めた。「ユーザー企業のシステムへの影響を及ばさないために、サービスを中断せずに移行することを重視した」(関根氏)という富士通は、事前の検証でNutanix Moveによる移行が実際に可能なことを確認。サポート体制も精査した上で、Nutanix製品への本格的な移行に着手した。移行は計画通りの約2カ月で完了し、移行後にシステム停止といった目立ったトラブルは発生していないという。

 Nutanix製品への移行により、運用・保守工数の大幅な削減も実現した。以前の仮想化製品はサーバとストレージの分散管理を前提としていた一方、NutanixなどのHCI製品はサーバとストレージをノードとして統合管理する仕組みを持つ。そのため「管理がよりシンプルになり、結果として以前と比べて保守作業の工数を約9割削減できた」と関根氏は説明する。

動向2:機能・性能の限界を技術移行で解決

 コストだけではなく、既存の製品・技術が抱える機能面、性能面での限界も、ITインフラの中核要素を刷新する動機となる。アプリケーションとは異なり、ITインフラは大規模な変更を頻繁に加えられるわけではない。そのため既存製品・技術の選定当時には存在していなかったり、成熟していなかったりした製品・技術が、有力な移行先として選択できる可能性がある。

アクセスピークに耐える手段としてコンテナを採用したJRAシステムサービス

 技術的な限界に直面し、サーバ仮想化技術から他のITインフラ技術への移行を決断したのがJRAシステムサービスだ。日本中央競馬会(JRA)のIT子会社であるJRAシステムサービスは、JRA公式Webサイトの稼働に利用するITインフラ技術を、サーバ仮想化からコンテナへと切り替えた。有馬記念などの主要レース開催日には、1日当たり約5000万PVにも及ぶことがあるという、JRA公式サイトの安定稼働を実現するためだ。

写真 .Red Hat国内法人が2025年10月に開催した年次イベント「Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyo」に登壇した、JRAシステムサービスの小城新二氏

 JRA公式サイトでは、馬券購入の締め切り時や払戻金の確定時など、特定のタイミングに集中するアクセスへの対処が課題になっていた。JRAシステムサービスはRed Hatのコンテナオーケストレーター「Red Hat OpenShift」を採用し、JRA公式サイトのITインフラをコンテナベースに刷新。負荷に応じてコンテナの数を動的に増減させることで「安定した稼働が可能になった」と、JRA公式サイトのシステム開発責任者である、JRAシステムサービスの小城新二氏は説明する。

 サーバ仮想化であっても、仮想マシンの台数を増やすといったスケールアウトによる処理能力の増強は可能だ。ただしコンテナはホストOSを共有する仕組みによって数秒で稼働するのに対して、仮想マシンはゲストOSの起動が必要なことから、一般的には稼働までに数分を要する。物理サーバのスケールアップで対処しようとしても、適切なサイジングを経て調達する必要があり、相応の時間が必要だ。JRAシステムサービスもこうした問題に直面し、コンテナへの移行を決断。2022年10月の新インフラ移行後、有馬記念などの負荷が高まりやすいレース開催日でも「システムは一度もダウンしていない」(小城氏)という。

銀行業務を支えるシステムをコンテナで動かす楽天銀行

 コンテナは今後の主要なインフラ技術になる――。こう判断した楽天銀行は2018年、基幹システムを稼働させるITインフラに、コンテナを採用することを決断した。楽天証券をはじめとするグループ各社との連携により、楽天銀行のビジネスは急速に成長。口座数の急増に伴って増え続けるトランザクションを安定してさばき続けるシステム実現のために、コンテナを生かしたITインフラを構築した。

写真 .Red Hat Summit: Connect 2025 Tokyoに登壇した楽天銀行の早川一氏。同社はオープンソース技術の先駆的な活用企業を表彰する「Red Hat APAC Innovation Awards 2025」を受賞

 楽天銀行はRed Hat OpenShiftを導入し、基幹システムのITインフラをコンテナベースに移行。負荷急増時のインフラリソースのスケールアウトが容易になり、システムの可用性を確保しやすくなったという。リアルタイムでコンテナを監視し、負荷急増時には即座にコンテナ群を追加できるようにしている。コンテナへの移行後は「数千件から数万件というトランザクションが発生しても、基幹システムはトラブルなく稼働している」と、楽天銀行のシステム本部を率いる常務執行役員の早川一氏は評価する。

 2018年当時は金融機関でのコンテナ活用が極めて珍しく、事例情報が限られていたことから、コンテナの採用は「チャレンジングな判断だった」と早川氏は振り返る。“未知の技術”であるコンテナの導入を確実に進めるために、楽天銀行は製品の選定や検証を慎重に進めた。ベンダーであるレッドハットからの十分なサポートが得られることを確認し、Red Hat OpenShiftを採用したという。


 ITインフラの中核要素を刷新する動機は、東芝インフォメーションシステムズや富士通が意識した突発的コスト増への対処といった緊急課題と、JRAシステムサービスや楽天銀行が意識した成長即応型の拡張性向上といった戦略課題に二分できる。自社の抱える課題が、このどちらの動機に根差しているかを見極め、適切な製品・技術と移行手段を選択することが大切だ。

 重要なシステムが稼働するITインフラの中核技術を他に置き換えることには、慎重な判断が必要になる。スムーズな移行を支援する手段があったとしても、それらは決して万能ではない。例えばNutanix Moveを使って既存の仮想化製品からの移行を進める場合、移行後に仮想マシンのIPアドレスを手動で再設定しなければならない場合があるなどの注意点があり、十分な検証が欠かせない。

 それでも既存のITインフラが抱える課題を解決する手段として、他の製品・技術への移行は有力な選択肢となる。VMware製品からの移行を進める東芝インフォメーションシステムズの濁川氏は、移行に際して「問題が全く起こらずに済むとは考えていない」と語り、だからこそ慎重な検証や確認を重ねて移行を進める考えだ。

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