なぜ高度なAIを導入しても成果が出ない? 日本企業が陥る「デジタルフリクション」の罠

IT導入の真のゴールは成果の創出だが、現実は「使われないシステム」になってしまうケースが多い。「デジタル定着化」支援を展開するWalkMeのグローバル幹部に、日本企業がAI導入で直面する課題と、投資効果を最大化するための「AIアダプション」について聞いた。

» 2026年05月20日 07時00分 公開
[斎藤公二ITmedia]

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 企業がITやデジタル技術を導入する目的は、業務効率化や生産性向上といった「実質的な成果」を引き出すことにある。しかし現実は、基幹系のような業務の根幹を成すシステムであっても、導入後に現場で活用されず形骸化してしまうケースが後を絶たない。こうした「導入したのに使われない」という課題に対し、2011年の創業以来「デジタルアダプション」というアプローチで解決を図ってきたのがWalkMe(ウォークミー)だ。

ケージェイ・クッシュ氏(筆者撮影)

 同社は、ユーザーの挙動を可視化してスムーズな操作を促すプラットフォームを提供し、2024年にはSAPの傘下に入った。現在、その支援の矛先は従来のシステムからAIへと移っている。

 いま、多くの企業が生成AIやAIエージェントの導入を急いでいるが、ここでもかつてのシステム導入時と同じように、「使われないAI」に陥ったり、投資効果が不明瞭なまま放置されたりする事態が再発している。同社のケージェイ・クッシュ(KJ Kusch)氏(フィールドCTO 兼 シニアバイスプレジデント)に、AIを形骸化させず、真に定着させるためのポイントを聞いた。

従業員や顧客にAIが使われず成果を挙げられない事態に

──まずWalkMeの成り立ちと、展開しているサービスの核を教えてほしい。

クッシュ氏: もともとは金融機関向けのアプリ開発から始まった企業だが、その過程で「ユーザーがどこでつまずき、何が活用の障壁(デジタルフリクション)になっているのか」という課題に直面した。そこで生まれたのが、現在の主力であるデジタルアダプションプラットフォーム(DAP)だ。

 このDAPは、ITシステムが「使われない」という事態を解消する。まずユーザーの挙動を定量的に分析してボトルネックを可視化し、それに対する改善策を提示する。操作ガイドの表示やUIの修正をノーコードで実行し、得られた成果(ROI)を次の改善へつなげていく。近年はAIの統合により、システム改善を自律的に行う「デジタルオートノミー(デジタル自律化)」へと進化している。

──生成AIやAIエージェントへの関心が高まり、企業でも導入意欲が高まっている。どう見ているか。

クッシュ氏: この2年で、SaaSからAIへと関心の中心が急速に移った。「SaaSは死んだ(SaaS is Dead)」という言葉もあるように、AIを業務で利用することは当たり前になりつつある。ただ、SaaS導入でデジタルフリクションに直面したように、AIの導入でもさまざまな課題に直面しているのが現実だ。せっかくAIを導入しても従業員や顧客に使われず、成果を挙げられない事態に陥るケースが増えている。

 特に日本では、SaaSを自社の業務に合わせてカスタマイズ導入する傾向が強く、その複雑さが障壁となっている。そのため、日本企業のAI導入は、かつてのSaaS導入時と同様の課題に直面しやすい状況にある。

AI導入の失敗はAIの機能不足ではなくアダプションの欠如にある

──日本企業がAI導入で直面しやすい課題とは何か。

クッシュ氏: 主に4つある。1つ目は、データの整備だ。日本では、自社の業務プロセスにあわせてシステム設定を大きく変えたり、追加機能をカスタマイズして開発したりするケースが多い。SaaSをカスタマイズして導入すると、データ項目や設定項目が増え、SaaSの中で本来動作するAIがそのままでは動かないことが増える。AIについてのカスタマイズが必要になる上、AIが使うデータも複雑化、サイロ化しやすい。

 2つ目は、ガバナンスとコンプライアンスだ。ガバナンスやコンプライアンスは本来、AIの取り組みのブレーキではなく、AIの安全な展開のアクセラレータとなるものだ。ただ日本では、AIで利用するデータが社外や国外に出ることをより厳しくチェックする傾向があり、その懸念からAI導入の遅れにつながりやすい。また、AIエージェントのように複数のAIをさまざまなシーンで利用するようになると、どのように複数のガバナンスとコンプライアンスの要件への対応は複雑になりやすい。

 3つ目は、コストだ。複数のAIをカスタマイズ導入することで、導入コストと運用管理コストが増える。

 4つ目は、人だ。AIエージェントのような多数のAIを利用する場合、管理が複雑化しやすい。その上でカスタマイズすると、AIが正しく動作しているかどうかを人が確認していかなければならない。適切なビジネスコンテキストをAIに教える必要もある。また、日本では、AIのことをまだ信用できないという意識も残っている。

──そうした課題に対して、多くの企業では、AI導入に向けてデータ整備をしたり、AIエージェントのオーケストレータレイヤーを設けたりといった取り組みが進められている。

クッシュ氏: AI向けにデータ管理基盤を整備することやAIエージェントの管理基盤を構築することはもちろん重要だ。ただ、日本の場合は、カスタマイズ導入したSaaSや、追加開発したアドオン、現場対応のワークアラウンドなどが多く残っており、それらを統合整理していくことは簡単ではない。また、AIだけでなく、人が介在するシーンも多く残っている。

 例えば銀行では、顧客が自身の金融資産を引き出そうとするときに、AIによる処理だけでは済まず、人による確認やマニュアル作業が必ず発生する。そのため、データ基盤やAIエージェントの管理基盤を構築しただけでは対応が難しい。つまり、AI導入が失敗する根本原因は、AIの機能不足ではなく、アダプション(定着化)の欠如にあると言える。

どこでAIが使われ、どこで摩擦が起きているのかを可視化することが重要

──では、どのようなアプローチがよいのか。

クッシュ氏: ポイントになるのは、まずは実際にユーザーがAIをどう使っているかを適切に把握することだ。どの部署でAIが使われ、どこでデジタルフリクション(摩擦)が起きているのかを可視化する。

 銀行業で例えると、どこまでがマニュアル作業で、どこからAIエージェントが担っているかを把握する。また、人やAIによる判断が間違っていないかどうかを確認することも重要だ。データが入力される際にチェックしたり、処理したときに適切な処理かどうかを判断したりできるようにする。

──WalkMeは、これらの課題解決にどう貢献するか。

クッシュ氏: WalkMeの強みの一つは、「DeepUIテクノロジー」というユーザー把握のための技術にある。WalkMeでは、AIが利用するコンテキストデータを「画面」「企業データ」「ユーザー」という3つの視点で取得する。

 画面の変更やアプリケーションのアップデート箇所、ユーザーの挙動、蓄積した企業データをAIが識別し、自動的に状況に合わせたガイダンスを提示したり、次に取るべきアクションの内容を調整したりする。ユーザーとUIの使い方について、創業以来こだわってきたからこそできることだ。

 まずはこのDeepUIテクノロジーを使って、正しくユーザーの環境を把握する。その上で、AI活用で必要になるデータの整備の支援、業務効率化によるコスト低減やエラー削減、ユーザー教育、AIのガバナンスとAIの定着化(アダプション)に取り組んでいく。

──具体的にどのような機能があるのか。

クッシュ氏: WalkMeでは、AIに関して主に3つの機能を提供している。それらを利用することで、顧客のAI導入を支援する。

 1つ目はSaaSに組み込んで利用する組み込みAI(Pinned AI)だ。2つ目はオンデマンドで提供する対話型チャットAI(On Demand AI)。そして3つ目は、アクションバーによる常駐型プロアクティブAI(Proactive AI)だ。

 1つ目の組み込みAIは、SaaSのUIに組み込んで提供されるAIだ。例えば、画面の入力フィールドに入力されたテキストをAIで検証し、正しいデータが入力されているかどうか、安全ではないデータが入力されていないかどうかなどをチェックすることで、データの品質を保つ。データ整備の課題に有効だ。

 2つ目のオンデマンドAIは、AIチャットのような対話型のインタフェースで企業が持つナレッジやガイダンスを提供するものだ。ビジネスコンテキストに応じた回答が可能で、次に取るべきアクションを提案する。ユーザー操作を効率化し、手間を削減することで、人やコストの課題解決につながる。

 3つ目のプロアクティブAIは、アクションバーからAIエージェントを活用するための仕組みだ。SAPアプリケーションを含むさまざまなSaaSやアプリケーションで利用でき、プロアクティブな提案をする。APIに依存せずUIベースでエンドツーエンドの業務処理が可能であり、ガバナンスやコンプライアンスの準拠といった複雑な環境にも対応できる。

AIが最適なアクションや関連する自動化を先回りして提示

──どう役立つのか、実際の事例があれば教えてほしい。

クッシュ氏: 組み込みAIやオンデマンドAIには既に多くの事例がある。組み込みAIの代表的なユースケースとしては、商品コードのバリデーションがある。商品コードを間違えることは、承認の遅延や購買プロセスの手戻り、停滞などにつながる。正しい商品コードが入力されたことをAIで確認することで、年間3万3000〜6万1000ドルの手戻りコストを回避した事例や、年間4万8000〜7万2000ドルのサポートコストを回避した事例がある。

 また、オンデマンドAIの事例としては、作業範囲記述書(SoW)のコンプライアンスチェックが挙げられる。サポートサービスなどの開始時にSoWをチェックする必要があるが、SoWの添付忘れや記載ミスがないかをAIが公式テンプレートを基に自動でチェックする。これによって年間サポート費用を3万6000〜5万7600ドル節約し、24〜48万ドル相当の法的リスクコストを回避した事例がある。

 プロアクティブAIは先進的なユーザーが使い始めており、オポチュニティ管理や将来予測での事例がある。例えば、ある製造業では、AIが提示するガイダンスを参考に、正確な見積もりを迅速かつ効率的に作成するとともに、価格設定ルールや承認フロー、製品カタログを見直すことで、3万3000〜6万1000ドルの年間総利益に貢献した。

──最後にメッセージを。

クッシュ氏: WalkMeが目指すのは、顧客企業のAI投資効果を最大化することだ。そのためにはAIツールやデジタルテクノロジーの採用だけでなく、コスト削減やコンプライアンスの順守を含めたAIの定着化が重要だ。

 AIの定着は自動的には進まない。WalkMeでは、ユーザーが自らプロンプトを考えなくても、AIが状況を読み取り最適な次のアクションや関連する自動化を先回りして提示、実行する。そのため、あらゆる業務フローにAIを自然に溶け込ませることが可能だ。

 また、WalkMeのエージェントは、個人情報(PII)を保護し、監査証跡を残し、ポリシー制御を効かせた確実かつ安全な自律的な実行を実現する。規制の厳しい業界でも安全にAIエージェントを運用できる基盤となる。

 少しずつSaaSの死は近づいている。その中で「使われないAIシステム」に陥らせるのではなく、適切なアプローチでAI投資のROIを高められるよう顧客を支援していく。

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