SAPが年次カンファレンスで打ち出した新たなビジョン「自律型エンタープライズ」。AIエージェントが企業の全領域を再編する中、従来の「人基準の課金」はどう変わるのか。データ&AI担当CROのヤン・ブンゲルト氏に聞いた。
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SAPは2026年5月、スペインで開催した年次カンファレンス「SAP Sapphire」において、AIを活用した自律型業務の新たなビジョン「Autonomous Enterprise」(自律型エンタープライズ)を打ち出した。これは、基幹業務からサプライチェーン、人事、顧客対応に至るあらゆる領域をAIエージェントによって再編する構想だ。
同カンファレンスの現地で、SAPでデータ&AI担当CRO(最高収益責任者)を務めるヤン・ブンゲルト(Jan Bungert)氏を取材した。発表内容の核心と、それに対する市場のリアルな反応を聞いた。
SAPが打ち出した自律型エンタープライズは3層で構成される。最上位は、ファイナンスやサプライチェーン、HRなどの業務ドメインを自律的に動かす「SAP Autonomous Suite」。中間にナレッジグラフ「SAP Knowledge Graph」があり、土台に開発や実行、ガバナンスを一元化する「SAP Business AI Platform」がある。SAP Business AI Platformは、既存のデータ基盤の「SAP Business Data Cloud(BDC)」と開発基盤の「SAP Business Technology Platform(BTP)」を統合したものだ。そして、全体のインタフェースとなるのが「SAP Joule」だ。
既存製品の上にAIを乗せるのではなく、全ての機能とシステムをエージェント時代に向けて再整列する、とブンゲルト氏は説明する。「単に新しいAI戦略を打ち出したのではない。SAPの新しい方向性そのものだ」と位置付けを強調した。
ブンゲルト氏によると、重要なのはこのアーキテクチャが「今日の企業の実態」を基に設計されている点だ。
「現在、企業はファイナンスやサプライチェーン、HRなど機能(function)単位で業務を捉えており、この組織構造は当面変わらないだろう。そこで、SAPもドメインをその単位で整理した。500のエージェントをいきなり顧客に提供するだけでは、何をすればいいか分からない」
各ドメインには、業務上の役割(ロール)に応じたJouleのアシスタント機能が用意され、必要なAIエージェントを有効化(アクティベート)することで、業務効率を40〜50%向上できるという。このように、まず既存の役割構造の中で価値を出し、段階的に自律度を高めていくのがSAPの設計だ。
自律型エンタープライズの根幹を支える技術の一つがBDCだ。基調講演で、CEOのクリスチャン・クライン(Christian Klein)氏は「最も成長の速い製品の一つ」と紹介し、その背景にはSAPデータ特有の課題があるとブンゲルト氏は分析する。
「SAPのデータは非常に複雑なテーブル構造を持つ。従来、企業は個別の方法でデータを外部プラットフォームに抽出していたが、その過程でセマンティクス(記述者が表そうとしたデータの意味)や依存関係が失われてしまっていた。BDCはその根本的な問題を解決する」。
具体的には、BDCはデータをコピーするのではなく「デルタシェアリング」(Delta Sharing)によって元の文脈、関係性を保ったままデータを共有する仕組みを持つ。AIエージェントがビジネス全体の文脈を把握し、適切な判断を下すためのKnowledge Graphもここで構築される。エージェントが何をすべきか、すべきでないかなどの判断だ。
このような背景に加え、「SAP Business Warehouse(BW)」のモダナイゼーション先としても評価され、「初年度だけで2000社超が導入した」とブンゲルト氏は明かした。
競合他社もエージェントAI戦略を打ち出す中で、SAPの優位性はどこにあるのか。ブンゲルト氏に聞いてみたところ、次の2点を挙げた。
1点目は正しいデータと正しい文脈だ。「SAPのエージェントはリアルタイムのプロセスデータに直接グラウンディングされている。文脈も、依存関係も、セマンティクスも含めてだ。これは他社には簡単にまねできない」。
2点目はガバナンスだ。エージェントが企業システムで実際に機能するには、SOXコンプライアンスへの対応やアクセス権管理が不可欠だが、SAPはこれを長年基幹システムの中で蓄積してきた。開発環境の「Joule Studio」でエージェントを構築(ビルド)し、管理・統制のコマンドセンターである「SAP AI Agent Hub」で、構築から実行、監視、廃止のライフサイクル全体を一元管理する。この運用体制が、エージェントを企業が安心して導入できる品質にするのだという
この2年でAIの機能を拡充させてきた結果、実際の採用率はどうなのか。ブンゲルト氏は、そのソリューションの価値次第で大きく変わると述べる。
例えば、文書作成支援のような汎用(はんよう)機能は一定の採用があるものの、P&L(損益計算書)への影響は限定的だ。一方、SAPコンサルタントの業務全体をサポートする「SAP Joule for Consultants」は、「急速に広がり、既に1000社近くが利用している」という。「適切な価値を提供すれば、採用は非常に速く進む。価値が低ければ、そこそこにとどまる」とブンゲルト氏は述べた。
SAPは本イベントで、AIがクラウド移行の後押しになるための施策も発表した。従来クラウド移行を決断してから実際に完了するまでの期間、企業はAIの恩恵を受けられなかった。そのギャップを埋めるために打ち出したのが「RISE with AI」だ。既存のオンプレミスシステムにエージェントがアクセスできるコネクターを提供することで、RISEを使った移行を決定した時点から、移行完了を待たずにAIを活用できるようになる。「移行には時間がかかるが、価値はすぐに得られる」とブンゲルト氏。
早期顧客からの反応は非常にポジティブだという。自律型エンタープライズという新しいビジョンも相まって、クラウド移行の意思決定を前向きに捉え直す企業が増えていると述べた。
AIエージェントの普及に伴い、ライセンスモデルも転換期にある。CROの立場から、ブンゲルト氏はその変化をこう表現する。
「エージェントは(SAPシステムにアクセスする)ユーザーでもある。自律型のプロセスが広がる中で、ユーザー数ベースのライセンスがフィットしなくなっていく」
従来、SAPのライセンスはシステムにアクセスする従業員の数に基づいて課金されている。しかし、エージェントが従業員の代わりにシステムを操作するようになれば、「何人が使うか」という軸では実態を捉えられなくなる。その問いへの答えがConsumption-based(消費量ベース)への移行だ。これは、よく議論される「アウトカムベース」とは一線を画す。
「アウトカムベースの契約は、成果の定義と証明が難しく、多くの企業が試みているが苦労している」とブンゲルト氏。SAPが目指すのは「バリューベース」(value-based)と続ける。
「例えば、ある顧客が年間10万件の設備保全プロセスを持っているとして、それを最適化した場合の価値を算定し、そのプロセス量に応じて課金する。価値創出に連動した価格設定を、標準的なモデルに組み込んでいく考え方だ」
最後にブンゲルト氏は、今回のSapphireの位置付けを次のように表現した。「企業は自律型プロセスがもたらす効率化の恩恵をすぐに得たいと思っている。競争に勝ち残るために、まずは早く取り込んでメリットをいち早く享受する必要がある。SAPはそのような顧客を支えるための準備を整えた」。
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