“マネックス証券”押し掛けエクスペリエンス設計eビジネスが生み出すエクスペリエンス(4)(2/2 ページ)

» 2001年11月06日 12時00分 公開
[鈴木貴博(ネットイヤーグループ株式会社),@IT]
前のページへ 1|2       

マネックス証券改造計画

 さて、ここからようやく今日の本題である「マネックス証券改造計画」に入る。前章で株式投資基礎講座を行ったのは、実は改造計画の骨子を理解していただくためだ。すなわち、優れたエクスペリエンスを提供できるオンライン証券サイトは以下の3つの機能において優れていなければならない。

  1. 株を便利に売買できること
  2. 株式の価格や出来高など、投資判断のための基本情報が手に入ること
  3. 相場環境、お薦めの銘柄など、投資のためのアドバイス情報が手に入ること

 ここで、エクスペリエンスという視点でマネックス証券のサイトを見てみよう。マネックス証券の機能は基本的に優れている。私のような個人投資家が自宅に戻ってから投資戦略を立てるに当たって、株式の売買注文の出し方、参考にすべき株価チャートや出来高(市場全体で売買された株数)などの情報、投資スタンスを確認するための各種アナリストレポートの提供も充実している。また、夜間取引というこれまでなかったサービスを提供し、その価格設定もその日の終値と定めるなどフェアなサービスを目指す姿勢が至る所に感じられる。

 いくつかの画面構成が重複したり使いにくかったりする点など、細部について不満はあるが、おおむね使いやすい証券会社の1つだというのがエクスペリエンス設計のプロとしての評価である。

 ただし、この評価はマネックス証券のサイト単体についての評価であり、トータルエクスペリエンスではまったく問題なしというわけではない。個人投資家としてマネックスを使いながら投資を行うに当たって、さまざまなフラストレーションを感じながら投資を行っている。金融業界には法律によって制限されていることがたくさんある。消費者にとっては便利かもしれないが、銀行にできること、証券会社にできること、投資顧問会社にできることなどは法律で細かく決められていて、その反対にできないこともいろいろと決められている。これらのフラストレーションは、主として法律に基づいてマネックス自身が妥協をせざるを得ない機能に起因している。

一般投資家の行動

 さて、このあたりを分かりやすく理解できるよう、私の“体験”を紹介しよう。

 私は吉野家ディー・アンド・シー(以下、吉野家)の株主だ。吉野家の株は20万円程度で買えて、株主になると年間の配当金以外に1万円分の牛丼の優待券がやってくる。吉野家の株は株価が上がる・下がるとは別に楽しみのある株ということでもう何年も売ったり買ったりしながら投資先として付き合ってきた。その吉野家が8月に牛丼を280円に値下げした。ライバルの松屋フーズが牛めし290円のサービスを続ける中、長い間じっと様子をうかがってきた吉野家だが、ここにきて400円だった牛丼並盛を280円に値下げして本格的に価格競争に突入したのだ。吉野家によれば値下げをして顧客が増える効果によって利益は増えるとのこと。実際、8月の来客数は2倍、売上高は値下げした分だけ来客数ほどは増えていないがそれでも1.5倍に増えた。実際にこの時期吉野家に行くと、明らかに混雑しており、増収増益が公式発表されるのも時間の問題で株価は上がるように見えた。

 ところが、9月に入って狂牛病問題が発生した。吉野家自体は100%、牛肉は米国と豪州から輸入しているため日本の狂牛病問題とは直接は関係がないはずである。ところが、これが消費者心理というもので客足が徐々に落ちてくる。狂牛病直後に時を同じくして8・9月の業績見通しが増収増益と発表されたが、10月以降どうなるのか状況は混沌として分からなくなってきた。

 実際、狂牛病問題がダイレクトに直撃した焼肉チェーンの株価は9月以降大きく下がり始めた。ところが吉野家の株は増益効果で上がるベクトルと、狂牛病のとばっちりで下がるベクトルとが均衡して動きがまったく読めなくなった。

 こうなってくると、マネックス証券の基本機能だけでは自分の財産をどう守っていいのか分からなくなる。いや、守るだけなら即座に現金に換えてしまうのが正しい投資姿勢なのだが、もし増収増益で株価が上がる力のほうが強いようであれば、それも口惜しい。

 そのようなときに、私を含めたインターネット通の投資家は何をしているのだろうかというと、実はいくつかのサイトで情報を集めていくのである。

行動1:掲示板のチェック

 まず、Yahoo!などのポータルサイトで狂牛病関連のニュースを細かくチェックしていく。これは基本である。ここで重要なことは、新聞がどう発表しているかということだけではない。株価が人気で決まる以上、世の中がどう見ているかが重要情報になる。

 狂牛病問題と吉野家の業績について世の中がどのように見ているのかを知るには、私はYahoo!の掲示板が情報ソースとしては一番優れていると思う。掲示板にはもちろん欠点があって、無責任なことを書く人や、意図的に策略を込めた誤情報を書き込む人たちもいる。その意味で情報の読み取り方に一定のスクリーニングが必要なのだが、全体でいえば非常に役に立つ情報源だろう。この掲示板を微細にわたって見ていくことで、いかに行政の対応が消費者の支持を得ていないかが情報として読めてきた。これは株に対する態度を決めるのに重要な手掛かりだ。

 なお、掲示板というのはインターネットの強みを最も発揮する機能の1つで、あちらこちらに設置されているが、非常にはやっているところ以外は閑散としている。情報源として使える掲示板はおのずと数が限られているという点も特徴だ。

行動2:ホルダーの状況から株価を予測

 次に、株価がもし下がったり上がったりした場合、どこらへんを底ないしは天井(株価の最安値、最高値)と見るべきかという情報を手に入れる必要がある。私の場合はケン・ミレニアムの投資家支援ソフトを使っている。余談だが、インターネットの世界では無料情報サービスがはんらんして有料の情報サービスを行おうとしている会社はほとんどうまくいっていない。ケン・ミレニアムは私がインターネットに支払っているサービスの中では飛び抜けて料金が高い。月額1万円だ。以前、馬券の予想情報に年間3万円なりの情報料を払っていたことがあるが、それをはるかに超えた金額である。馬券も株式も情報がダイレクトに得をしたり損をしたりすることに直結するので、有料化がしやすい分野だといえる。ケン・ミレニアムは先日黒字になったそうだが、これだけのサービスを提供しつつ年間12万円の情報料を徴収しながら黒字になるということは、最低でも4000名程度の会員が集まっていることになる。これはこれで素晴らしいことだと思う。

 さて、ケン・ミレニアムのソフトで分析をすると、興味深いことが分かる。過去1年間に吉野家の株を買った人は2つのタイプに分けられる。18万円近辺で買った人々と、22万円近辺で買った人々の2つの価格帯に出来高のピークがあるのだ。これは株が下がった場合に18万円近辺にいわゆる抵抗線があり、株が上がった場合には22万円近辺にやはり抵抗線があることを示している。

 分かりやすく説明すると、狂牛病が報道された時点で吉野家の株価は20万円で2つの抵抗線のちょうど中間あたりの値段が付いていた。もし株価が下がる方向に動いた場合、18万円まではするすると下がる可能性がある。というのも、もともと18万円当たりで吉野家の株を買った人たちが多くいるので、株が下がり出したら18万円よりも上に価格があるうちにいったん売ってしまおうと動くのである。

 ところが、株価が18万円よりも下がると、世の中の人たちの大多数がその価格帯で株を売ると損をしてしまう。その結果、株を売る人が一気に減ってしまう。そのため、なぜか不思議なメカニズムが働いて18万円よりも株価が下がると、するするとまた上がっていく現象が起きる。いわゆる相場の底というやつである。

 もちろん、状況によっては18万円を割ってどんどん株価が下がっていくシナリオも考えられる。この状況になるのは業績が本格的に悪くなった場合だ。前章で株価は業績と成長余力と人気で決まるといったとおり、業績が本格的に悪くなって成長も反転してしまえば18万円のラインというのは意味をなくしてくる。

 やや説明が専門的になってしまって恐縮だが、多くの読者は専門的な内容についてはざっと流し読みしていただいても結構だ。重要なことは、このように株式投資支援ソフトを使うことでどの程度の動きをしそうなのか1つの目安をつかむことができたということである。

行動3:自分にとってのリスクを算定する

 さて、吉野家株にかかわる私のエクスペリエンスとしてもう1つ重要な情報源が登場する。ソニー銀行MONEYKitアドバイスエンジンだ。

 私はこの時点で吉野家株を3株持っていた。約60万円の財産である。これが私の全財産にとってどのような意味を持つかということがもう1つ重要な判断材料だ。つまり、仮に私が億万長者であれば60万円の財産が半分に減ってしまっても痛くはないかもしれない(そういう立場になったことがないので、そういう立場の人に一度聞いてみたいのだが、30万円の入った財布を道に落としてしまったときにあなたは悔やみますか?

私ならばたぶん最低10年間はくよくよすると思うのだが……)。

 MONEYKitアドバイスエンジンを使うと、60万円のリスクの高い投資が自分の人生設計に及ぼす影響が診断できる。

ユーザー行動の流れをエクスペリエンス化する

 さて、ここまでの流れで、個人投資家のマネックス証券を中心としたエクスペリエンスを整理してみよう。

というように複数のWebサイトを行き来しながらエクスペリエンスが完成されているのが理解いただけると思う。このことはいい換えれば、マネックス証券単体のエクスぺリエンスを改造しても全体のサービスは良くならないことを示している。

 では、実際問題としてマネックス証券としてはどのように変わっていけばいいのだろうか。1つの具体的な方向性は「周辺機器」としての性能を向上していくことであろう。マネックス証券のようなマザーズ上場の成功企業にとって「周辺機器」と呼ばれる筋合いはないと感じられるかもしれないが、投資家の立場から見ればオンライン証券は「性能の良いツール」以上でも以下でもない。本当に投資家にとってのサービスとして考えればツールとしての性能を上げていくことは正しい方向だと思う。その場合、ツール自体の性能の重要な部分が「ツール同士のインターフェイス」なのである。

 証券業界最大手の野村證券が提供する「野村ホームトレード」は新聞記事検索や企業情報を満載した日経テレコン21野村版とリアルタイムの株価情報提供機能の最高機能に当たるQUICKを実装している。マネックス証券が野村に対抗してこのような情報提供機能を強化するというのも理論的にはあり得るが、いまの日本で日経テレコン

& QUICKに対抗する情報源を独自調達するのは現実的には難しい選択肢だ。野村のように本体が投資家のニーズにほぼこたえられるように設計するのではなく、情報源となるWebサイトにうまく共生の形で接続していくインターフェイスの強化という選択肢のほうが現実性があると思う。

 ツール同士のインターフェイスを志向するマネックス証券の1つの動きは「アカウントアグリゲーション」というほかの銀行口座やクレジットカード口座との情報共有機能だ。それと同じ方向性を、Yahoo!

Financeやケン・ミレニアム、ソニー銀行などの情報エンジンと行っていければマネックス証券はまだまだ使いやすくなる。

 もちろん政治的にはYahoo! Financeと正面きっての提携は難しいかもしれない。例えば、そのような場合でも、マネックスに登録した株式銘柄情報をワンタッチでMy

Yahoo!にも登録できるような「エンドユーザーが勝手に工夫できる仕掛け」を作っておくことで、提携なしに実質的なエクスペリエンスを生み出してしまうような荒業は可能だ。

 今回紹介した「サイト間のインターフェイスを継ぎ目のない形に設計していく」というのはエクスペリエンスでも新しい領域の試みである。今後、成功した多くのWebサイトが、さらなるエクスペリエンスの向上の糸口を、サイト間のインターフェイスの向上に見つけていくことになる。

 その場合、自分中心の設計図を描くのは意味のないことだと思える。むしろ、自分自身の提供しているサービスを接続性の良い周辺機器となぞらえて新しいエクスペリエンスを設計していくほうがいいと思うのだが、どうだろうか。


連載記事の内容について、ご質問がある方は<@IT IT Business Review 会議室>へどうぞ。

著者紹介

鈴木貴博(すずき たかひろ)

ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。

ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。

ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。

ネットイヤーグループ株式会社

日本で初めてのSIPS(戦略的インターネットプロフェッショナルサービス)会社。SIPSは「戦略」「テクノロジー」「ユーザーエクスペリエンス

デザイン」の専門チームにより成功するeビジネスを支援し、大規模なeビジネスのパートナーとしてビジネスモデル構築、ソリューション開発、ユーザーインターフェースデザインなどをエンド・トゥ・エンドで提供する。2001年2月にはeCRM事業部を立ち上げ、SIPS事業における戦略分野として、eCRM事業を推進している。

メールアドレス:jack@netyear.net

ホームページ:http://www.netyear.net/


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アイティメディアからのお知らせ

注目のテーマ

あなたにおすすめの記事PR