2002年、多くのSIer(システムインテグレータ)が大企業からのIT投資凍結に悲鳴を上げた。長引く不況の中で、コスト節減のために優先順位の低いIT投資が対象になっただけではなく、本来必要なIT投資も凍結の対象となってしまっている。今回のように本来必要な投資にGOサインが出せない点に、実はいまのIT組織が抱える根深い組織上の問題が横たわっている。短期集中連載の第2回は、IT投資を発注する側の組織が抱える課題についてメスを入れていきたい。
大企業においてIT組織は、本来どのような組織であるべきと考えられているのであろうか。企業の取り組むべきITとIT組織に対する位置付けと役割は、次のようなものが求められていると考えてよいだろう。
確かにこれらはあるべき姿であろう。多くの企業のIT組織が目指すところであることには間違いない。ところが現実には、これらはどこまで到達できているだろうか。大企業のIT組織で上記の条件を満たしている企業が何%あるだろうか。
私は大企業のIT関連の部署に多くの友人を持っているので、やや同情的に甘く評価してしまう傾向があると思っているが、その私が評価してもおそらく10%以下であろう。9割の企業のIT組織は上記のような状況には到達できていない。
現在の不況は、経済政策の前提が違っているからという指摘がある。IT不況の場合もまったく状況は同じで、IT組織の前提としている理想の形と現実は違っている。上記のような形で機能しているIT組織は、多くのケースで幻想である。特に現実の世の中には、上記の定義のCIOはほとんど存在していない。
「現実の世の中がそのような形では動いていないから、攻めのIT投資計画が凍結されてしまっている」と考えてみてはどうだろうか。SIerが逆風下で大企業から受注を得ようとすれば、実際の大企業のIT組織とはどのような組織なのかという原点に戻って考えることがヒントになる。多くのSIerにとって、ビジネスの相手は理想のCIOではないのだ。
では、実際のIT組織がどのような前提条件で動いているのかを見ていこう。最初に「1. ITは経営戦略上の重要な武器である」はどうであろうか。この条件は自明のように見えて、実は日本では成立していない。比較論でいえば、米国の一流企業ではこの条件が成立している比率は高いが、日本ではそうでない状況が多い。
どういうことかというと、米国ではITを「業務プロセス自体の変革の武器」としてとらえようとする実例が増えているのに対し、日本では相変わらずIT部門の仕事は「現行の業務プロセスをそのまま情報システムに置き換える」、つまり業務プロセスの自動化にとどまってしまっている。IT部門のコンサルタントが業務分析をして、出てくるアウトプットはその業務フローをそのままシステムに置き換える提案というのが日本の現状なのである。
あまり指摘されていないことだが、実はこの行為自体が経営戦略上大きなマイナスをもたらしている。というのは、業務プロセスをそのままにした巨大なIT投資は、結果として旧来の業務プロセスを固定化してしまうからだ。ITが経営を変える武器になる代わりに、ITが経営を変えることを困難にする障害物になってしまう。IT組織は、毎年せっせと障害物の構築を積み重ねるという仕事をしまっているのだ。多くのIT組織の構成員は、その事実を理解しながら、これを打破することができないでいる。
次に「2. IT組織はビジネスとITの双方を理解し、ITを武器とした全社戦略を策定する」はどうであろうか。ビジネスとITの双方を理解できる人材は、企業体全体の中でもあまり多くない。このことは比較的コンセンサスが得られるであろう。ただ、ビジネス部門のIT理解不足とIT組織のビジネス理解不足のどちらに問題があるかといえば、ビジネスを理解している人々のITリテラシーが低いことの方がより大きな問題点であると私は考えている。
大企業の組織では、財務や予算を握っているビジネス部門が「経営戦略の重要な武器であるIT」を「財務ツール」や「戦略企画ツール」といったほかの武器ほどは理解できていない。仕方なく財務部門は予算枠を作る。その枠の中でITを理解できる人材に投資意思決定を丸投げしているというのが実態に近い。
一方でIT組織に属する人員は、IT組織にずっととどまっているケースが実に多い。ビジネス部門とのローテーションを行っている企業でも、理解のないところでは一線級の人材はビジネス部門に温存して、二線級以下の人材をIT組織に送り込んでいることすら見られる。そのような状況にしておいて、ビジネスとITの両方が分かる戦略人材が組織の中で育っていくと考えるのは幻想であろう。
では、その結果としてIT組織の人員にはどのような人材が多くなっているのか。大多数はシステム構築に長けた構築専業家か、システムベンダ管理に長けた管理人というのが実態であろう。前者はIT戦略を担う中核人材になるポテンシャルを持っている人材であるにもかかわらず、組織の中ではレガシーのお守りやトラブルシューティングに便利使いされている。後者はSIerとの窓口として、システム開発プロジェクトの進行管理を日常業務としている。
前者の人材は「3. IT組織は新しい技術を評価し、適切な形でシステムへの導入を行う」ことができる。確かに、IT組織の中核を担うエンジニアのモチベーションは新しい技術に触れ、自らのスキルを向上させていくことにあるからである。ただし、順序としては新しい技術を取り込んで試行錯誤をしたうえで、組織として許容できる範囲内での失敗という犠牲を払って技術を取得しているというのが実態に近い状況であろう。
後者の管理人人材に関係する「4. IT組織は、IT計画の上流を担当する。なぜならば自社リソースは高コスト高付加価値の資源だからである。自社で行うに値しないIT業務は外部会社に発注する」はどうだろうか。実は、この部分も少々違っている。確かに自社リソースは高コストだが、外部会社の方が一般的にこの分野で高い能力を持つ人材を抱えている。上流における企画能力は一般的に外部の方が高く、社内人材は外部リソースのための社内営業を担当しているケースが実に多い。
以上のような組織のトップがシステム担当役員である。システム担当役員は社内の構築専業家ないしは管理人の最年長の人材ということになる。組織の人材がどのような悩みを抱えてどのように仕事を進めているかについては実に面倒見がいいトップということになるが、5番目の定義「5. CIOはCEOや事業部門トップに対して、IT戦略をリードする」という経験は持ち合わせていない。
少々厳しい書き方かもしれないが、多くの企業のIT組織は最初に挙げた幻想の前提ではなく、ここで述べたような実際の条件の下で構成されている。このことに立ち戻って理解しない限りは、SIerの側でも大企業のシステム部門の側でも、現在起きているIT投資凍結現象のブレークスルーを作り出すことができない。
現実の世の中でIT投資凍結現象が起きている。本来、企業としての競争力向上に寄与するはずのIT投資すら凍結されてしまっている。これを、新しいITガバナンスへの移行期に見られる端境期の現象だと第1回で述べた。それは以下のような構図である。
現実のIT投資凍結現象は、現実のIT組織の抱える課題の鏡である。投資すべきものに対する投資すら止めてしまってはまずいと思いつつ、「それが組織として評価できない」ために投資が凍結されてしまっている。いまのIT組織の中では、どうしてもそうならざるを得ない。そのためにIT不況が続いているのだ。
論理的には、その行く末が以下のようなシナリオにつながってもおかしくはない。
本当に、このままのIT不況が続くと、日本企業が地盤沈下していってしまうのだろうか。いまのIT組織のままでは、そうなる可能性は否定できないが、この前提を変えていこうではないか。つまり、いま必要とされている「新しいITガバナンスへの移行」を一刻も早く実現させるのだ。いまはその苦しみの過渡期にすぎない。
実は、私自身、IT組織の再生は可能だと考えている。これこそが今回の連載の真のテーマである。次回最終回は、この新しいITガバナンスへ向けた提言を行いたい。
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▼鈴木 貴博(すずき たかひろ)
ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。
ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。
ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。
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