青森銀行:業務支援ポータル 顧客対応の向上を目指しベテランの業務を分析

青森銀行は2003年11月、業務支援ポータル・あおぎんプロナビを稼働させた。ベテラン行員からのヒアリングを基に、31業務・725パターンの業務を分析。モデリングツール「ARIS」を使って業務プロセスを可視化し、ポータル上で全行員に開示したことで、顧客対応業務の向上を実現したという。

» 2003年12月20日 12時00分 公開
[岩崎史絵,@IT]

 青森銀行は2003年11月7日、営業店の顧客対応業務を支援する「業務支援ポータルシステム(あおぎんプロナビ)」を稼働させた。「営業推進」「融資」「預金/為替」「国際業務」「商品」の5つの業務に関し、それぞれベテラン行員から顧客対応プロセスをヒアリングしてポータル上に実装。また従来から行員に開示していた業務規定や書類の様式、記入例などにもリンクさせ、必要な部分を必要なタイミングで参照できる仕組みを整えた。

「あおぎんポータルナビ」のトップページ 「あおぎんポータルナビ」のトップページ

 「住宅ローン」や「喪失届」などの業務項目をクリックすると、その業務の手順がWebブラウザ上に表示される。必要書類やその書き方についても、フロー内でクリッカブル表示されているので、その都度参照しながら顧客対応業務を進めることができる。これにより、窓口で顧客を待たせるといったことや、書類の不備、記入ミスが減り、顧客対応業務の質が上がるというわけだ。

 本システムの企画・開発プロジェクトを担当した青森銀行 営業統括部 支店統括課 課長代理の前田健栄氏は「当行は従来BPRを進めていましたが、その中で問題になったのは、ベテラン行員の優れた業務プロセスを可視化することです。ITで支援できるのは人間が行う業務プロセスの一部分であり、そもそもの業務がどのような形で、ベストプラクティスとは何か、ということを突き詰めなければITが何を支援できるか分かりません。そこで業務プロセスを分析する際にも、人間系のプロセス分析に重点を置いた作業が中心となりました」と語る。

ベテラン行員と新人の間で業務処理に格差

 同行の歴史は古く、1879(明治12)年に第五十九国立銀行として創業。1943(昭和18)年に現在の「青森銀行」となり、現在は本支店・出張所を合わせ111カ所の拠点と代理店1カ店、資本金152億円という地銀の中では中堅クラスの銀行として青森県を中心にビジネスを展開している。

 従来、営業店の職員はそれぞれ銀行本部から提示された業務規定を基に窓口対応をしてきた。例えば「通帳を紛失した」「取引店を変更したい」といった要望に対して、必要書類にどのようなものがあり、どういったプロセスで処理していけばいいかといったことが、あらかじめ整備されていた。とはいっても、ベテラン行員と経験の浅い職員とでは対応に差が出る。必要書類の指示にしても不備があるなどの理由から、預金者に何度も来店してもらうといったこともあったという。もちろんベテラン行員の場合、どのタイミングでどのような書類や手続きが必要かは頭の中に入っている。通帳紛失や支店の変更ならまだしも、相続や手形処理といった複雑な手続きになると、「業務処理能力に格段の差がありました」(前田氏)とのことだ。

青森銀行 営業統括部 支店統括課 課長代理の前田健栄氏 青森銀行 営業統括部 支店統括課 課長代理の前田健栄氏

 こうした状況を受け、2002年6月、青森銀行の総合企画部に所属していた前田氏は、顧客対応業務の整備に着手。「銀行にとって最も大切なのは顧客対応」という考えからだ。来店する顧客側は、どの営業店、職員からでも均質の対応を受けることを期待している。「いくらIT化が進んでも人間による顧客対応業務がなくなることはあり得ないので、ここをしっかり整備することが他行との差別化につながると考えました。『この人間系のプロセスをいかにITで支援するか』ということに注力しました」(前田氏)。ちなみに総合企画部とは青森銀行の経営企画を立案する部門で、BPRなど社内プロジェクトを推進する役目を担っていた。

 前田氏が立案した策は次のようなものだ。(1)難易度が高く、的確な対応が必要とされる顧客対応業務にはどのようなものがあるかを洗い出すこと、(2)ベテラン行員の顧客対応プロセスを可視化すること、(3)ITを使って誰もがベテランのプロセスを踏襲できるようにすること。これを実現する手段として考えたのがポータルシステムだった。ベテラン行員の詳細な顧客対応フロー図をブラウザ上に表示し、またフロー中に必要とされるマニュアル等へのリンクを張ることで、正確かつ迅速な処理を支援するというものだ。こうした方針を決め、業務分析・可視化のためのモデリングツールの選定に取り掛かった。

人間系の業務分析に強い「ARIS」を選択

 業務分析・可視化ツールとして前田氏は、IDSシェアー・ジャパンが提供する「ARIS」を選択した。ARISで描いた顧客対応業務プロセスのフロー図をHTML化し、ポータル上にはめ込んでいくという狙いだ。

 ARISを選んだ理由は2つある。1つは機能面で優れていること。大まかなプロセスだけでなく、細かい業務内容までドリルダウン形式で記述できるほか、モデル作成段階の検索機能も充実していた。もう1つは、人間系の業務を分析するに当たり、プロセス指向の手法が整っていた点。採用の決め手となったのは、特に後者だという。

 「プロセスを可視化するといっても、実際にこなしている業務フローは人によって千差万別ですし、必ずしもそのすべてをITで実現できるわけではありません。しかし多くのモデリングツールはITでの実装を主眼に置いており、人間が行う業務フローの分析や洗い出しには弱く、結果として『業務フローをシステムに合わせる』といったことが起こりがちです。IDSシェアーは人間系の業務分析手法を備えていました。これが当行の目指す、『現場のベストプラクティスを洗い出す』という目的に合致したことと、大まかなプロセスだけでなく、分岐していく細かい業務フローもドリルダウン形式で描いていける点が、当行のコンセプトと一致したのです」(前田氏)。

トップダウンではなく現場のベテランを参考に

 プロジェクトを進めるに当たり、前田氏が最も注意したのは「トップダウン型の押し付けにならない」ということだった。それを避けるため、ポータル上に表示するプロセスは、日々顧客対応している現場のベテラン行員の意見を基に作成。現場を理解し、かつ業務に詳しい担当者からヒアリングすることで、「理想とすべき業務の在り方(To

Beモデル)」と「現実の業務の在り方(As Isモデル)」との乖離をできるだけ排除した。

IDSシェアー・ジャパン コンサルティング事業部 マネージャーの小林貞雄氏 IDSシェアー・ジャパン コンサルティング事業部 マネージャーの小林貞雄氏

 プロジェクトは、銀行本部において議論を重ねることから始まった。前田氏が全体の指揮を執り、技術および業務分析コンサルタントとしてIDSシェアー・ジャパン

コンサルティング事業部 マネージャーの小林貞雄氏も同行に常駐。ポータル上に表示するプロセスについては、本部や営業店からベテラン行員を推薦してもらい、具体的な業務手順についてヒアリングし、ARISでフローを描いていった。

 1つの業務につき、まずは1回ヒアリングした後フローを描き、それをベテラン行員にレビューしてもらう。再度修正点などの指示をもらい、それを反映させたものを再び検証に出す。最後に細かいプロセスを詰め、それをARIS上で表現する。こうしてラフを固めるだけでも、平均すると3回ヒアリングを重ねたとのことだ。1年3カ月のプロジェクトのうち「全体の3分の2をヒアリングと業務分析に費やしました」(前田氏)という。最終的には、本部の担当部署のスタッフにレビューしてもらい、フローを詰めていった。

マトリックス分析を使い複雑な業務を切り分け

 もちろん、一口に業務の洗い出しといっても、簡単にできるものではない。特に問題となったのは、複雑に絡み合う顧客対応プロセスをどのように切り分けていくかという点だった。例えば「手形の組戻」といった業務の場合、複数の対応ケースが考えられるうえ、一部分はアウトソーシング先で集中処理している、という形だった。ポータルシステム構築に当たっては、想定されるすべての対応プロセスと、その具体的な処理の詳細を詰める必要があった。

 IDSシェアーの小林氏は、「そこで当社では、マトリックスを使って想定される業務プロセスをすべて書き出すことにしました」と語る。具体的には、横軸に想定されるケースを書き出し、縦軸に銀行内部で行う業務プロセスを書き出していった。「まず横軸についてですが、想定されるケースとはいっても、例えば手形処理などは支店ごとに対応できるケースが限定されているため、ベテランの方でもすべてのケースについて熟知しているわけではありません。そこで何人もの担当者へヒアリングをし、その結果をこちらでそしゃくし、想定できるケースを推定して行員の方や本部の事務指導担当者にレビューしてもらい、修正していくという方法を取りました」(小林氏)。

 縦軸については、「どんなケースでも、必ず行う業務のフローを並べていきました。そこで横軸と合わせ、『どんなケースでどのフローを行うか』を、ベテラン行員の方や本部担当部署の方に○×形式で記入してもらいました。これはマトリックス分析と呼ばれる手法で、これを使うことでベテラン行員の方から普段行っている業務プロセスを引き出すことができました」(小林氏)という。こうして代表的な業務31項目を抽出し、その業務項目から派生する725パターンものビジネスプロセスを整備していった。

暗黙知のノウハウを顕在化

 ポータルシステムのサーバは銀行の事務センター内に置かれ、行内LANを通じて各営業店に配信されている。現在営業店には650台のパソコンが配置されており、行員・嘱託・パートを入れて約1700人のユーザーが共有(場合によっては1人1台)してポータルを参照している。

図 ポータルシステムの階層構造 図 ポータルシステムの階層構造

 システムが稼働して1カ月。現場からは使い勝手や機能面について、早くもリクエストが来ているそうだ。また、システムを構築したメリットについて、前田氏は次のように述べる。「ベテラン行員が普段意識せずに行っている業務フローを顕在化させたことが大きいですね。人間の業務には、本人も気が付いていない工夫やコツがあるので、それを全職員の知識や知恵として蓄えられたことは非常に大きなメリットです」。

 今後もプロセス・機能の充実を図るため、運用担当として営業統括部支店統括課に前田氏を中心として専任担当が配置された。「システムが稼働してまだ1カ月だが、利用者の声を基に使い勝手や中身をさらに充実させていきたい」(前田氏)と意欲的に語っている。

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