いま企業は、ビジネス強化のためにITを効率的に開発し、実績を上げることを切に望んでいる。こうした中、企業内でITの企画立案・開発を指揮する情報マネージャにどんな能力が求められているのか。またそうした能力を身に付けるためにはどうすればいいか。ITスタッフの目、そして情報マネージャ自身の目から見た「情報マネージャ像」を明らかにする。
情報マネージャの業務の難しさとは、一般部門のマネージャクラスと異なり、通常の部下管理だけでなく「開発プロジェクト管理能力」が問われるところだ。ベンダとの折衝や協力会社の技術者を束ねたり、トラブルが発生した際には「どのように対処するべきか」というとっさの判断力が要求され、当然そのための技術知識も必要になる。情報マネージャに求められる能力や考え方とは何か。理想とされる情報マネージャとはどのような姿なのか? ダイヤモンドリース 情報システム部長 保田徳太郎氏と、清水建設 情報システム部 武井英明氏に話を伺った。
情報マネージャの業務を評価するうえでの指針ともいえるプロジェクト開発の大半が、失敗に終わっているという指摘がある。プロジェクトのQCD(Quality:品質、Cost:予算、Delivery:納期)を基準に、そのいずれかが達成できなかった場合にプロジェクトが失敗したと規定。この指針で見ると国内のプロジェクトの4分の3近くは失敗していることになる、というのだ。武井氏はQCDによるプロジェクト評価の限界を認めながらも「あまりに低いプロジェクトの成功率。異常事態といえるだろう」と指摘。「私たち建設業では考えられない失敗率だ」と述べた。
なぜこれほどまでプロジェクトの成功率が下がってしまったのか。武井氏の考えは「専門家の不在」。武井氏が清水建設に入社した1992年当時は、情報システム部門が社内システムに関する専門家として、自らがリスクを取って投資判断を行い、開発・運用を行っていたという。しかし、バブル期を経て情報システム部の人員は減少し、開発ベンダやコンサルティングファームへの業務の丸投げしてしまう会社も目立つようになった。情報システム部門が専門家でなくなり、ITに関する当事者意識が薄れることで「ITガバナンスの中心であることの自信をなくした」というのが武井氏の意見。かといって、情報システム部の代わりとなるベンダやコンサルティングファームがプロジェクトの全工程において責任を持つということはなく、結果としてプロジェクトの成功率が低下しているのだという。情報マネージャが専門家のトップとして社内ユーザーの意見を代表し、ベンダやコンサルティングファームにぶつかるべきであったが、その役割を放棄し、リスクを取らないマネージャも増えた。
では、今後の情報マネージャのあるべき姿とは何なのか? 一般管理部門としてのマネージャではなく、情報システム部門のトップとしてどのような能力や姿勢が必要とされるのか? ダイヤモンドリースの保田氏にこの質問をぶつけると、「まず人間性、次に経営状況を判断できる力や情報収集力、最後に管理能力」を挙げた。
「人間性」とは、部下をはじめ社内の各部門から「信頼される」ということ。特に後者の実現のためには、まず情報システム部門が会社にとってどのような位置付けで、どんな仕事が会社にどのように役に立つか、といったことを社内(特に経営層)に積極的にアピールする必要がある。こうして社内の信頼を勝ち取ることで、情報システム部門が企画するIT化に協力する姿勢が生まれてくる。すなわち、「ITガバナンスの確立」につながるというわけだ。経営層・エンドユーザー層の理解が得られて初めて、情報システム部門も「自分たちの仕事は、こういうふうに役に立っている」という意識が生まれ、モチベーションが上がるという。もちろん、信頼を得るためにはシステム開発プロジェクトの成功という実績の裏付けが必須となるので、情報システム部門のトップには、できればユーザ部門の意が汲み取れるバランス感覚の長けたシステム開発経験者が望ましい。
清水建設の武井氏も、社内の信頼を得ることがITガバナンスの向上につながるという保田氏と同じ意見だ。武井氏は「大切なのは自社の課題に技術を適用できる能力」という。「技術の存在理由、自社に対するメリットを明確にし、社内に説明できること」。これがITガバナンスの向上につながると考えている。オープン化、大規模化が進んだ現在のシステムではベンダやコンサルティングファームの協力なしにプロジェクトの遂行は難しいが、その際も「コンサルは神様ではない」という姿勢で、ベンダやコンサルティングファームに対して意見をしているという。そのベンダ、コンサルティングファームとの良好な緊張感がプロジェクトの成功率を向上させるという考えだ。
保田氏は、「経営状況を判断できる」ことが情報マネージャの能力として重要であると指摘した。経営状況を判断できるとは、経営層の動きや現在のビジネスの状況を把握し、「会社はどのような方向を目指しているか」「そのためにはどんなITが必要か」と企画できる能力まで含まれる。特に後者の「どんなITが必要か」というのは重要だ。そこさえ明確に説明できれば、極端な話、「ROIなどの数値指標より説得力がある」(保田氏)という。武井氏も情報マネージャの能力として「自分の会社のITがどうあるべきか、どうしたいのかというコンセプト(大義)が必要」と指摘した。ベンダやコンサルティングファームへの丸投げでは決して熟成されない、情報マネージャとして決意や覚悟が問われているといっていいだろう。
また保田氏は「管理能力」も必要能力として挙げた。職務としての管理能力はもちろん、開発プロジェクト管理やリスク管理能力の資質を指す。保田氏は「管理能力、とりわけ開発プロジェクト管理能力を習得するには、実際にプロジェクトを経験しながらOJTで身に付けていくしかない」と言い切る。保田氏より若い世代となる武井氏にとってもOJTの重要性は同じ。武井氏が入社した1992年当時はOJTが残っていた最後の時期で、武井氏はホスト系のプログラムを書きながら、業務や情報システム部員としての姿勢を学んだ。ほかの企業の情報システム部も当事者意識が高く、「業務とプログラム知識が一体化し、OJTが機能していた最後の時期」だったという。
だが、いまになってOJTを当時と同じような姿で復活させ、情報システム部員を育成するのは難しいというのは保田氏、武井氏とも認識している。当時は豊富な予算や人員があったからこそ、将来の人員を育てるOJTが機能していた。しかし、現在はITに関するコスト削減が真っ先に求められる時代。その中で競争力を生み出していかなければならない。とても悠長にOJTを行っている時間はない、というのが経営トップの考えではないだろうか。それでも専門家として技術に関する経営判断を行えるように部下も含めて育成しないといけないのが情報マネージャだ。「ユーザー企業内SEはスキルと技術を見る目を鍛える必要がある。OJTがなくてもベンダに教えてもらったり、Webサイトや雑誌で勉強はできる」という武井氏の言葉はユーザー企業のすべてのエンジニア、特に情報マネージャに当てはまるといっていいだろう。
以上、情報マネージャに求められている能力を見ていくと、技術力・マネジメント力の両方を兼ね備え、かつ人間性や経営を読み解く力など、実にさまざまな資質が必要とされていることが分かる。ではこれをどのように身に付けていけばいいのか。
これについては武井氏も保田氏も一貫して「教えてもらうものではなく、日々の仕事の中から自分で会得すべき」と主張する。例えば保田氏の場合、自分の仕事のやり方やドキュメントなどはすべて部内に開示。PDF化して誰もが閲覧できるようにし、どんなプロジェクトをどのような手順で進め、成果物として何を提示したかを把握できる環境を整えた。「自分で学ぼうと思ったら、いつでも仕事のやり方を学べるようにしてある」(保田氏)とのことだ。またIT企画立案についても入念なチェックを怠らない。本当にその部門に必要とされているシステムなのか、どのような効果が見込めるのか、それによって会社はどのように成長するのか、理論的に説明できなければまず承諾は得られない。「当たり前のことですが、こうしたチェックを何度も繰り返すとおのずとIT企画立案の“視点”が育つようになります」と保田氏は語る。
武井氏も同様に「教えを請うという姿勢は捨てて、先輩や上司の仕事や社内の環境を見て学んでいく姿勢が重要です」という。例えば技術面の勉強にしても、社内の環境ほど勉強に適した環境はない。当然のことながら、社内システムはデータベースにしろサーバ製品にしろ、さまざまなベンダの製品を組み合わせて構築している。技術的に不明な点はすぐベンダに確認できるほか、実際にシステム構造を見てどのような仕組みで動いているか、どのような技術が使われているのか自分の目で確認できる。「とはいっても、実際に動いているシステムに手を入れることはできませんが、さまざまな製品や技術を身に付けるにはユーザー企業の情報システム部ほど適した環境はないのではないでしょうか」(武井氏)。
また武井氏はQCDによるプロジェクトの成功だけに拘泥する情報マネージャの姿に警鐘を鳴らした。QCDによるプロジェクト評価が一定の役割を持つことは認めるものの、「開発に成功してもあまり使われていないプロジェクトが多い。技術をユーザーに使わせないと意味がない」として、開発面だけを対象とするQCDによる評価の限界を指摘した。
ベンダはQCDによるプロジェクトの成功を重視するが、「使わせるという定着のフェイズをベンダは担当しない。情報マネージャは使わせるという視点からトータルにプロジェクトを見るべき」と述べた。「QCDが不調でもリカバリはできる。いかに使ってもらえるかが、プロジェクトの評価で重要だ」と指摘し、あるべき情報マネージャの姿を指し示した。
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