ハイ・パフォーマーの“知”は、移転・共有できるか?有能プロジェクトマネージャ育成術(1)(1/3 ページ)

世の中に多くの失敗・赤字プロジェクトが存在する一方、どんな難解なプロジェクトでも成功裏に終えるプロジェクトマネージャ(PM)がいる。こうした知恵や能力を移転・共有することはできないのだろうか?

» 2004年08月20日 12時00分 公開
[大上建(株式会社プライド),ITmedia]

普遍的課題としての「有能者不足」

 ITコンサルタントとして仕事柄、多くのIT関係者とさまざまな課題についてディスカッションをしてきたが、最も共通で、最も普遍的なものの1つが人材育成問題であり、その結果としての有能者不足の問題だ。有能者不足の悩みの事例をいくつか次に挙げる。

■事例1

 ユーザー企業A社では、情報システム部門の企画マン不足を嘆いていた。多角的な事業で構成されるこの企業は、各カンパニーにIT機能を置かず、コーポレートにその機能を少数精鋭の形で集中配置している。各カンパニーからあがってくるシステム化の要望に対して情報システム部門の全メンバーが等しく適切に対応し、企画を進めることができれば何の問題もないのだが、不適切な企画・中途半端なプロジェクト推進になってしまうメンバーもいるため、一部のメンバーに負担が集中し、トータルな企画品質にも自信がないというのが悩みであった。

■事例2

 別のユーザー企業B社では、ユーザー部門側のIT企画推進者の人材育成に問題を感じていた。経営層に向かってITの投資対効果を説明しようにも、そのITを用いた自らの業務変革のイメージができないユーザー部門IT推進者が多いというのである。

■事例3

 ユーザー企業のシステム子会社C社では、有能プロジェクトマネージャ(PM)の配員の自由度が確保できない悩みを持っていた。C社の有能PMのほとんどは、親会社側の「声の大きな」PMに名指しで指名されており、これを外すのは至難の業という状態であった。そのため、有能PMにより広いスパンで管理をさせることや新しいテーマに取り組ませること、若手に成長の場を与えることが困難となっていた。

■事例4

 独立系SIのD社では、赤字プロジェクトに悩んでいた。特に中堅・中小向けマーケットでの赤字プロジェクトは、一度おかしくなると回復の余地がなく、そのまま赤字で終わってしまうケースがほとんどだそうである。赤字プロジェクトには顧客要望を抑え切れなかったケースも多いそうであるが、それでも赤字プロジェクトの顧客満足は低くなっているそうである。


 これらの事例企業にも、絶対数は不足しているものの有能者は存在する。下位者がユーザー部門と1カ月近く決め切れないでいる要件を、有能者が支援に入るとものの1時間で合意に達してしまう、などという事例があるそうである。いずれの企業でもこのような有能者は、周囲から「彼は特別」といわれていた。

差の正体はメソドロジ

 有能者と一般の人との差は、何であろうか。本当に「彼は特別」であり、自然発生的に有能者が育つのを待つしかないのだろうか。

 実はその差は、メソドロジ(方法論)の存在にある。

 “メソドロジ”という言葉はよく使われるが、その本質的意味を知る人はあまり多くない。メソドロジとは、科学や芸術の領域である目的や狙いを達成するために、それをうまくやるための「コンセプト(概念)」「メソッド(方法)」「プロセス(手順)」「ツール」の一連のシステム(関連する組み合わせ)である。これを図示すると次のようになる(図1)

ALT 図1 メソドロジとは、コンセプト、メソッド、プロセス、ツールの一連のシステム

 ここで複数の部品を製造する工場と部品を組立てて製品を作る工場を持つ企業があるとする。この企業の「目的・狙い」が「製造リードタイムの短縮や中間在庫の削減」であったとする。

 「コンセプト」とは、上記の目的・狙いに寄与する根本的な考えのことである。メソドロジの価値は、このコンセプトが優れたものであるかどうかで決まる。この企業の例では、「複数工場間をあたかも1つのラインのようにする」というような考え方である。

 「方法」とは、コンセプトを実現するための主要な技法や手法、技術などである。例えば、「工場間輸送の多頻度化、生産指示情報の一元化」などである。

 「手順」とは、コンセプトおよび方法から展開された仕事の進め方であり、業務フローなどで表現される。

 そして「ツール」とは手順の中で用いられる、設備、運搬具、冶工具などを扱うためのものや、帳票、コンピュータシステムなどの情報を扱うためのものである。

 上述の説明がメソドロジを「組織の知恵」としている事例だとすれば、個人においても、根本的な考え(コンセプト)に基づく、行動レベルまで一貫した「個人の知恵」が存在してもおかしくはないのである。

 ただし、「組織の知恵」は、多くの人たちで共有されなければ成立しないため、おのずとメソドロジのフレームワークで記述可能になっているのに対して、共有する必要のない「個人の知恵」は記述可能になっていないのである。さらに共有の必要がないということは、記述しようとする努力すら注がれていないため、その存在そのものが本人の無意識領域から浮き上がってもきていないのである。

 われわれは、このような主に有能PMの特別なノウハウ(以下、PMノウハウと呼ぶ)を、メソドロジのフレームワークを用いて解き明かす試みを行い、一定の成果を上げてきた。

 本稿では、5回に分けてPMノウハウをえぐり出し、体系化し、組織的に共有する方法について、具体的なモデルケースを例に紹介してしていく。

 第1回は、モデル企業E社を舞台に「有能PM不在に関する悩み」がどのようなものかを見ていく。第2回は、有能者のPMノウハウのえぐり出し結果について述べる。第3回は一般PMと有能PMの差について、第4回はPMノウハウの方法論化である。第5回はまとめとして、目指すビジョンと達成シナリオについて述べる。

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