企業経営において、情報を感知・記録することは重要だ。しかし、ときとしてその本質を忘れてしまっている例が見られる。ITによって経営やビジネスオペレーションの何を計測すべきなのだろうか。
ISO 9000の要求事項の中で、記録は不可欠なものとなっている。ISO
9000に取り組んでいない企業でも記録のたぐいはたくさんある。意図して記録しているものもあれば自然発生的に記録が残っていることもある。情報セキュリティにおいてもアクセスログの取得が重要とされている。
しかし、記録はなぜ残す必要があるのか、そもそも記録とはいったい何なのかということについてしっかりと理解している人は少ない。記録は「仕方ないから残すもの」ではないのだ。
会社の中にある仕組みについて考える際、自分自身の体をモデルとしてみるとよい。われわれの体に装備されている数々の仕組みは究極の経営の手本である。熱いものに触れば即座に手を離し、一度熱い経験をしたものには注意深く近づこうとしない。意図的に近づこうとしても体がなかなかいうことを聞いてくれない。
われわれの体は危険なものを感知する五感というセンサーを持っており(場合によると6つ持っている人もいるが)、センサーで感知した情報を脳に蓄積しておいて、過去に怖い思いをした経験を即座に再現することができるようになっている。そして、何よりわれわれが驚異の仕組みとして身に付けているのが忘却と克服である。不必要な記録は廃棄され、意図的な行動でセンサーが新たに収集した情報によって過去の恐怖から解放される仕組みすら持っている。さらに驚くことに、われわれは遠い昔のすでに忘れたことですら、大きな危険が迫ったときには潜在意識へ捨てられていた記憶を復活させることもできるのだ。
記録は企業にとっての記憶である。
経営に意義のある記憶を獲得するにはどうしたらいいかを考えれば、五感に相当するセンサーをどこに配置すべきか、センサーが収集した情報を脳としての意思決定機関にどうやって伝達するか、センサー情報を脳がどのように判断し、どのような知識を付加して記憶するのか、いつどのように取り出して、いつ廃棄するのか(潜在意識に当たるのは倉庫だろうか?)、といった多くの課題があることが分かるだろう。
しかし、現実はもっと妙である。目的も利用者もはっきりしない記録作りを仕事にしている人たちがいる。事実を適切に伝えない記録を基に意思決定している人たちがいる。これが生物ならとっくに滅びていることだろう。
企業がビジネス目的で設置すべき経営センサーにはどのようなものがあるだろうか。
もちろん、経理は1つの重要な意義ある経営センサーである。経理は企業にとって、どこに収益の源泉があり、どこに損失の穴があるかの情報をわれわれに与えてくれる。管理会計ではさらに安全性や生産性、財務リスクについて教えてくれる。
営業日報は営業活動の状況を教えてくれる。SFAを導入している企業であればより細かく営業活動の状況を知ることができるだろう。経営センサーの種類を考えるには、第2回「バランスト・スコアカード経営管理のススメ」で紹介したバランスト・スコアカードの測定項目が参考になるはずだ。
さらに最近では、品質、時間、コストという主たる経営指標に加えて、環境や個人情報保護、地域貢献といった社会的責任に関する指標も経営センサーに加えるべきかもしれない。
敏感で感受性豊かな人がいるかと思えば、鈍感で周りの機微に無頓着な人もいるように、ビジネスにおいても経営センサーの持ち方によって、環境の変化に敏感な企業と鈍感な企業とに分かれてしまう。それが競争力の差になってしまうことはいうまでもないだろう。
センサーはむやみやたらに付けてみても、意義があるとは限らない。逆にセンサーを付け過ぎた状態ではアラームが鳴り続いて、本当に大事な情報を見落としてしまいかねない。また、よくある失敗ではセンサーを付けたけれども肝心の情報が意思決定機関に伝わってこないというケースもある。欲張っていろいろな情報を収集しようと、項目ばかりがたくさんある営業情報管理システムや管理会計システムが作られたものの、中身のデータがいつまでたっても入力されないというのは珍しい話ではない。
センサーの感度も、適度に設定されていなければならない。われわれの五感もそのようにできている。空気中のばい菌は見えないし、超音波は聞こえない。五感には感知できる範囲があり、何もかも感知できるセンサーではないのだ。
次の絵を見てほしい。これは有名なだまし絵であるが、この中にはっきりと文字(LIFE)が描かれていることが分かるだろうか。人は全部を見ていても真実を見落としてしまう。
次の絵はどうだろうか。不完全な絵であるにもかかわらず誰もがそこに立方体があることに気が付くだろう。
意味のある情報を得るために、データが完全である必要はない。むしろ、不完全であった方が正しい判断をできることが少なくないのである。
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