ペルソナとシナリオを用いたソフトウェア開発──実践編(前編)ユーザビリティ研究会より(2)(2/2 ページ)

» 2004年12月10日 12時00分 公開
[生井,@IT]
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感情移入しやすい具体的な内容を書き込む

 いま説明してきたのが流れです。では、この中身がどうなっているかをお見せします。

 例えば「イベント:チーム誕生」のところには、ペルソナとしてシステム開発を請け負う株式会社DSシステムでシステムエンジニア(SE)をしている神尾みかさんと上司でチームリーダーの畠山由紀夫さんが登場します。

 神尾さんは上司の畠山さんに呼ばれて、4人でチームを組み、「オイシヤ案件」を担当することになりました。畠山さんと神尾さんのほかに開発メンバーとして、田中さんと鈴木さんがいます。「4人で一緒にやりましょう」とチームが発足します。

 早速、仕様書の検討に入ります。神尾さんは上司の畠山さんから仕様書をもらって作業を開始します。その仕様書は200ページほどあって結構分厚いものです。内訳は、概要設計などが20ページ、詳細設計が180ページほどです。

 4人でミーティングをした結果、「POSデータが記録されたCSVファイルを、営業部の社内アプリケーション用のSQL Serverに流し込む」という個所がページ数も少なく簡単そうなので、ここから着手してみようということになりました。



 このような感じで具体的にシナリオを書いていきます。この辺りから実際の製品に関係してきます。

 DSシステムへ開発を依頼してきたブルーレット社から「DataSpiderを使うように」といわれているので早速セットアップをします。たった10分でセットアップは完了します。「すべて合わせて1時間、ちょっと感動」(神尾)



……というように、実際にこういうユーザーにファンになってもらうためのポイントを書きます。日記形式を取ることで、どこに注目すべきかが、非常に具体的なイメージで理解できるようになるわけです。

 ポイントは、機能要件を定めていくだけではなく、実際どういう過程でユーザーがツールに接し、ツールを学んでいくのか、使い続けようと思うのかを感情移入しやすいような形で記載していくことです。

ペルソナ/シナリオ法の導入レベル

 ペルソナ/シナリオ法を実際に導入する場合、いきなりフルスペックでペルソナもシナリオも画面デザインも全部やろうというのは、少し抵抗があると思います。導入にはいくつかレベルがありますので、これを状況に応じて使い分けていくといいでしょう。

 1番目のレベルは概念レベルの導入です。例えば、「これは誰のために作っているのか」というコミュニケーションに、ペルソナという言葉を使うことです。実際にはペルソナを作りませんが、「そういう状況をペルソナは想定していないでしょう」と、概念レベルでシェアするといいのではないでしょうか。

 「ペルソナ」のほかにも役立つキーワードがいくつかあります。例えば「エッジケースシナリオ」です。これは発生する可能性はゼロではないけれども、あまり考えられないといったものです。例えば「火星が落ちてきたらどうする?」といったケースです。

 エンジニア同士が熱く主観的に語っていると、「こういうことがあったらできないだろう」という話になってしまいます。そのときに、「はい、それはエッジケースシナリオですね」というように、コミュニケーションツールとしても分類概念として持っておくとすごく便利です。概念レベルの導入というのは一番ソフトなやり方だと思います。機能を考えていくときに、それがエッジケースなのか、必須なのか、日常要件なのかといった分類を意識するだけでも結構、発想やコミュニケーションが変わってくると思います。

 次のレベルに、ペルソナだけを導入するというのがあります。シナリオまで書くと日記形式で細かく記述しなければならないなど大変ですが、想定ユーザーがどういうスキルセットを前提としているのか、この部分を共有するだけでもやるかいがあると思います。

 そして最終的なレベルは、ペルソナ/シナリオ法をフルスペックで導入することです。しかし、これをやらなければ意味がないのではなく、1番目のレベルを導入するだけでもだいぶ違うので、導入レベルは何段階かあると考えた方が自然なのではないでしょうか。

 シナリオ作成は、実はすごく大変な作業です。モックアップを作るだけでも結構つらいですね。シナリオを展開させるとなると、他人になりかわって日記を書かなければなりません。それだけでもかなりの手間です。

 それを打破するために、XPに「ペアプログラミング」があるように、シナリオ作りをペアで行う方法を編み出しました。これは私たちのプラクティスとして、社内で確立しています。こうしないと、アイデアに煮詰まったり、ちょっと迷ったときに、周りに相談してみることができなくて、視点が固まってしまいます。だから最初は絶対にペアで作っていくことをお勧めします。

 ペルソナ/シナリオ法の効果ですが、使用者と操作方法習得のプロセスが非常に明確になります。どのような人が、どのような状況で、何を達成するために、どのような手順で操作していくのかという、冒頭で取り上げた機能要件で定義されない、操作要件とでもいうべきものの定義が実現できます。

profile

生井 俊(いくい しゅん)

1975年生まれ、東京都出身。同志社大学留学、早稲田大学第一文学部卒業。株式会社リコーを経て、現在、ライター兼高校教師として活動中。著書に『インターネット・マーケティング・ハンドブック』(同友館、共著)『万有縁力』(プレジデント社、共著)。



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