広い中国でコーポレート・ガバナンスを確保するためのシステム統合海外進出企業のためのITナビ(3)(2/2 ページ)

» 2005年02月02日 12時00分 公開
[佐々木俊尚,@IT]
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課題はやはり人材

 こうした動きが進んでいる背景には、ITガバナンスを働かせたいという企業の積極的動機だけでなく、中国特有のもっと切羽詰まった裏事情もあるようだ。それはITの人材難の問題である。 この連載の第1回でも触れたが、中国における技術者の求人難は、年々深刻さを増している。優秀な技術者や欧米系の企業や自らの起業などに流れてしまい、なかなか日系企業には就職してくれない。ようやく人材を採用しても、少し経験を得るとすぐに独立してしまう。あるいは他社からヘッドハンティングされ、あっという間に姿を消してしまう。しかも日本的な仁義が通用する世界ではなく、システム開発のプロジェクトが進行している真っ最中でも転職は当たり前のように行われている。部下を引き連れてチームごといなくなってしまうケースも少なくない。

 おまけにここ数年、中国では経済のバブル化が激しく、給与水準も高騰している。技術者の求める給与が、日本企業が許容できる範囲を超えてしまっていることもある。

 沼田氏は話す。「例えば従業員数万人レベルの工場を地方に設立したような場合、情報システム部門の専門家は最低でも5〜10人程度は必要になる。ところがもしこのシステム部門の部門長が部下を引き連れて他社に転職してしまったら、その工場は運用ができなくなってしまう。企業としては死活問題で、CIOレベルどころか、CEOレベルの経営課題といっても良い。そしてこうした問題は、日本企業が現実にいま抱えつつある」

 とはいっても、すぐに解決できる方法はない。高コストを受け入れて高い報酬の技術者を雇うのか、あるいは必要以上に数多くの技術者を採用し、教育を施していくのか。そもそもが中国はIT化が始まってからまだ十数年の経験しかなく、マネージャとして現場を任せられる中堅どころの技術者が存在していないという問題も背景にある。層が薄いのだ。中国が日本並みに厚い技術者層を持つようになるまでにはまだかなりの歳月が必要で、日本企業は技術者の求人難を今後も耐え忍んでいくしかない。

 そんな状況の中で、技術者不足を解消する手だての1つとして注目されているのが、情報システム部門の統合なのである。沼田氏は「各地の工場には数万人、十万人の規模の従業員が存在する。そうした規模のシステムを、人材不足の中でしっかりした情報システム部門の体制が作れないまま、現地の工場に任せていいのか、トラブルが起きたらどうするかという危機感は日本企業の間にかなり強い。このため北京や上海の拠点に情報システム部門を集約して人材も配置し、全土の工場をコントロールしようという動きが出てきた」と指摘している。

“生産拠点”から、“市場”へ

 拠点を結んだITガバナンスが重要度を高めてきた背景には、さらに別の理由もある。それは中国に進出した日系企業が、ビジネスのバックエンドだけでなく、フロントも担うようになってきたことだ。

 従来は日本企業が中国に進出する際は、ひたすら工場の生産ラインを各拠点に作り上げれば良かった。工場はどれも現地企業との合弁として設立していたため、製品の販路についてはそうした現地企業がほぼ100%握っていたからである。「製品は作りました。売るのはお願いします」というわけだ。

 ところが2000年の中国WTO加盟以降、規制緩和の流れの中で、そうした枠組み自体が崩壊してきた。地域をまたいで販売網を構築するなど、日本企業が自社の経営戦略の一環として営業・販売戦略を練ることができるようになってきたのである。そうなれば、当然のように生産管理やマーケティングなども必要で、各拠点が連携してさまざまなデータを交換しなければならなくなる。そうした観点からも、各拠点を統合したITガバナンスの必要性が高まってきたということなのである。

 こうした戦略を進めていけば、各社はさらにスケールメリットを求め、中国国内の拡大をさらに推し進めるようになる。そうなれば情報システム自体も、さらに巨大な規模を求めざるを得ない。その一方で中国の市場は浮き沈みが激しく、販売量のアップダウンが日本と比べものにならないほど大きい。どのようにして中国国内の経済戦略を立てていくのかは、どのようなITガバナンスを確立していくのかも含めて、日本企業にとって極めて厳しい判断を求められるものとなっているようだ。

 おまけに各拠点の現地法人は、それぞれの設立時期が異なれば、敷設されている通信インフラもまったく異なっている。古く細い回線を修理しながら使っている工場がある一方で、最先端の光ファイバーを使える場所もある。また拠点が異なれば、生産ラインもまったく違う仕組みで構築されている。こうしたバラバラな状態の中で、どのようにして情報システム部門を統合していくのかは、かなりの難問といえる。

 沼田氏は「現行のシステムをバージョンアップするのか、あるいは統合して作り直すのかは常に大きな課題。われわれ支援する側としては、いきなりすべてを一気にやっていただくのは大変なので、共通点の大きい部分から順次進めていっていただくという方針を採用している」と話す。

 とはいえ世界中の生産業はいま、中国に集まりつつある。この機を逃し、巨大な労働市場と拡大しつつある消費市場を失っては、日本企業の生き残る道はない。さまざまな試行錯誤はあるのかもしれないが、情報システム部門を統合させ、コーポレートガバナンスを確立していくのが最良の策であることは間違いないようだ。

著者紹介

佐々木 俊尚(ささき としなお)

元毎日新聞社会部記者。殺人事件や社会問題、テロなどの取材経験を積んだ後、突然思い立ってITメディア業界に転身。コンピュータ雑誌編集者を経て2003年からフリージャーナリストとして活動中


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