売る商品(製品やサービス)の特性によっても、ITの位置付けは異なってくる。商品での差別化ができるか否か、商品での差別化の戦略を取るか否かで、IT・情報システムの位置付けに変化が出てくる。もちろん、この問題は1か0かというように明確に分けられる問題ではないので、現実には程度問題ということになる。
製品の差別化戦略を採用するメーカーでは、革新的な新製品の開発や、高い品質や信頼性を保証するもの作りなど、研究開発・製造、あるいは製品特性を正確に顧客に伝えるというマーケッティング活動といった“製品の価値を高める”活動を通じて、製品そのものの優秀さによって競争者に対して優位な立場を築こうとする。
これらの戦略的な活動・業務施策を、側面から支援する役割をIT・情報システムは担う。IT・情報システムは業務施策を通じて“製品の価値”に貢献し、会社は“製品の価値”を通じて顧客にサービスし、競争力を確保するというのがその基本的な骨組みである。IT・情報システムには業務施策に一体化した動きが必須になり、ある程度絞られたターゲットに向かって内容の深耕が求められる。
一方、製品そのものでの差別化が難しい事業(製品そのものの特性による場合、企業の持てる資源の制約による場合、企業の考え方や戦略による場合がある)では、コストダウンによる低価格化や、何らかの形での顧客へのサービス付加で、競争力を高める施策に打って出ることになる。これらの競争力を高める業務施策をサポートするために、IT・情報システムを活用しようとしてその適用範囲が広がるため、相対的な位置付けが上がったように見えるかもしれない。
デル・コンピュータは、パソコンを差別化できない商品と早期に見極め、先頭を走り続けるための経営のスピード、ロジスティックスの徹底的な合理化の仕組み(SCM)の整備と、顧客対応サービスで競争力を確保してきた。
アマゾン・ドット・コムが売っているのは本であって、ITのサービスではない。ここから買う本もほかの書店から買う本も内容は同じであって、価値は変らない。価格と顧客サービスを武器に既存業界への参入を図った。
商品が情報やサービスである企業においても同じことがいえる。商品開発に経営資源を集中して商品内容で差別化することができれば、顧客への付加サービスの必要性は少なくなり、このためのIT・情報システムも限られた範囲のもので済む。
一方、商品内容での差別化が難しい場合には、顧客へのサービス付加によって競争力を確保するために、IT・情報システムへの投資が増大する場合が多い。なお、商品が情報やサービスである事業では、IT・情報システム以外に大きな投資の対象は少ないのが一般的だ。そのため企業の中でIT投資に対する関心が相対的に高くなる傾向がある。
売る商品が製品であってもサービスや情報であっても、問題はこれらの顧客への付加サービスの内容である。これが自社の特徴を生かし、競争相手が容易に追従できない水準のものならば問題は少ない。しかし、そううまい方法がいつもあるわけではないのが現実だ。小手先のアイデアで実施したような施策や、そのためのIT・情報システムは、すぐに競争相手にまねされたり、少し違ったやり方で追い越されたりする。一時期話題になったビジネス特許も「そんな方法があったか!」と感心するものより、「そんな当たり前のことがなぜ特許になるのか?」といった感じのものが多かったように思う。言葉は良くないが「姑息な方法では、すぐ相手に出し抜かれる」というのが現実だ。
この顧客への付加サービス内容での差別化に、衆知を集めて取り組まなければならない。これには業界事情や、自社の特徴を知り尽くしたうえでの知恵の絞り出しが求められる。これをやらなければ、際限ないIT投資合戦に陥る。
航空会社にとっては、客を運ぶというのが本来の事業である。しかし、この面では航空会社の多くは大きな差別化ができずにいる。その結果、航空券=“飛行機に乗る権利”という情報の販売業務(予約・発券・搭乗手続き)での効率化と顧客サービス(利便性)の向上に、IT・情報システムが大いに活用される状況になっている。IT・情報システムへの投資は、1機数百億円という航空機の購入に次ぐ投資の位置付けという。
人ではなく物を運ぶ物流業界や、商品での差別化が難しいという点で販売流通業についても状況は似ていると思う。
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