運命の出会い……そして覚醒へ(第2話)目指せ!シスアドの達人(2)(3/4 ページ)

» 2005年08月03日 12時00分 公開
[山中吉明(シスアド達人倶楽部),@IT]

新たなる挑戦

 休み明けの月曜日、浮かない表情のサラリーマンでぎゅうぎゅうの小田急線に揺られて職場へと向かう坂口は、むしろハツラツとした気分だった。赴任して3週間がたち、取引先へのあいさつ回りも終わって、いよいよエンジンが掛かる思いだった。

 もともと坂口は、月曜日に意識的に自分にハッパを掛ける性格で、周囲に元気を与えるパワーに満ちていた。そうした性格が功を奏して、仙台支店時代の営業成績も坂口の勢いに引っ張られるように、毎年記録を塗り替えてきた。坂口の営業活動は、取引先のキーパーソンを素早くとらえてその気にさせる段取りの良さに定評があった。坂口は、豊若のアドバイスはまさに自分の営業スタイルの応用だということに気付いたのだった。

 いつもより30分ほど早くオフィスに到着した坂口は、松下が出社してくるのを待ち構え、姿を現した松下に歩み寄った。

坂口 「松下さん、おはようございます」

松下 「ああ、おはよう。なんか用?」

 松下は目を丸くして答えた。

坂口 「実は、相談に乗ってもらいたいことがあるんです。ちょっとだけ話を聞いてもらえますか?」

 松下はけげんそうな表情を浮かべたが、人から相談を持ち掛けられるのは久しぶりで、まんざらでもない。でも口から出る言葉は、素直なものにはならない。

松下 「今日は忙しいのよね。2〜3分ならいいけど、それでいいかしら?」

坂口 「ノープロブレムです。いまからでもいいですか?」

松下 「い、いまから?……いいわよ」

 坂口は、松下をミーティングブースへ誘い、松下は警戒しつつもそれに従った。

松下 「で、何なの? 申請書のことなら何も話すことはないわよ」

坂口 「まあ、そういわずに、俺の悩みを聞いてくださいよ」

松下 「で、悩みって何?」

坂口 「それは、松下さんの手際の良さをどうやったらまねできるかっていう悩みです」

 坂口は、松下が営業部全員の経費処理を1人でやってのけている技術を教えてほしいと純粋な気持ちで質問してみた。坂口の経験では、書類が山積みになっている人で仕事ができる人を見たことがない。松下の机上の状態を見る限り、その仕事の速さは坂口には信じ難い事実だった。

坂口 「俺が作ったツールは、松下さんの手引をまねて作りましたが、それだけでは、松下さんを介した事務処理スピードを実現できないんです。効率化を考える前に、いま、どう事務処理が流れているかを知ることが大切だなって思ったんです。俺は松下さんの仕事のやり方を変えようとか、いまそんなことは全然考えていないです。むしろ、ちょっとタネ明かしをしてほしいな、って思ってるんです。松下さんはそれは企業秘密だっておっしゃるかもしれませんが、俺は新営業支援システムの推進担当者という任務を会社から命じられていますから、松下さんの話を聞くことは、当然の権利だと思っています。俺は……」

 松下は、黙って聞いていたが、ふいにプッと吹き出した。

松下 「あなた、面白いわね。私にそんなにはっきりものをいうやつは、初めてだわ。そんなに知りたいなら、教えてあげるわ」

坂口 「ありがとうございます。でも、もう3分たってしまいました。約束の時間を過ぎてしまったので、いまはここまでで結構です」

松下 「え? あ、そう。私はいまでもいいわよ」

坂口 「いえ、いまからアポがありますので。もしよかったら、夕方時間を取ってもらってもいいですか? 1時間」

 松下は慌ててスケジュール帳を確かめ、18時に約束した。

坂口 「よろしくお願いします。ああ、そうだ、夕方は、松下さんが不快に思う営業社員の経費処理、ってテーマでお願いします。それじゃ」

 坂口はさっさと席を立つと、自席に置いてあったカバンを持ってオフィスを出て行った。

 その日の夕方、坂口がオフィスに戻ると、今度は松下の方から、時計を指差しながら、声を掛けてきた。

松下 「坂口啓二、そろそろ時間」

坂口 「はい、ただいま!」

 松下は何やら書類をたくさん持ち出してくると、ミーティングブースの机上にドカッと置いた。それは、松下が作った手引と申請書の束だった。初めて坂口が異動経費処理の手続きを松下にお願いしたとき、山積みの書類から引き出されてきた申請書たちは、全部でこんなにたくさんの種類があったのか、とあらためて坂口は感心した。

松下 「私の手引のポイントは、質問をなるべくさせないってことなの。私の手引書を見たでしょ。想定されるQ&Aはすべて載せてあるわ。初めての人と慣れている人とでは、手引を変えてるの。慣れてる人にごちゃごちゃ書いてある手引は、かえって迷惑でしょ」

坂口 「1つの申請書に初心者用と、それ以外の2種類の手引書を用意しているってことですか。すごいですね。これを作るのにいったい何年かかったんですか?」

松下 「そうね、半年はかからなかったわ。確か総務部に行って2年目の年に作ったはずよ」

 坂口は、この手引が松下の総務部時代のノウハウが集大成されたものであることを理解した。確かに坂口が異動経費申請書を作成したときには、記入方法の質問をする必要がなかった。ただ1つの不快感は、住所や氏名、社員番号などの共通項目を、何度も何度も記入しなければならない煩わしさだった。

坂口 「ところで、今朝話した、松下さんが不快に思う営業社員の経費処理について、教えていただけませんか?」

松下 「ああ、それね。考えてみたけど、やっぱり一番気に入らないのは、経費処理をためるやつね、あと、申請書を渡してもその後記入することを忘れるやつ。それから、字が下手なやつ。ほんと、全然読めないやつがいるのよ」

 聞けば、松下は、各営業社員それぞれについて、隔週で経費精算処理をしてるかどうかを自主的にチェックしていて、経費処理をためている社員には、個別に声を掛けて手続きを促していたそうだ。以前、松下が好むから1カ月に1回しか経費処理をしていないと、椎名がいっていたことを坂口は思い出したが、どうやら実態は違うようだ。

坂口 「なるほど、松下さんも相当苦労されてるんですね」

 松下はニヤリと笑い、続けた。

松下 「そんなこといっても、あなたのツールを使いましょう、なんていわないわよ!」

坂口 「例えば、俺の作ったツールを使うと、字が読めないことはなくなるかもしれないですね。あと、住所や名前も1回入力するだけで、次からは入力しなくても勝手に出てくるようになるから、みんな作成の手間が掛からなくなって経費精算をマメにやってくれるようになるかもしれないですね。まあ、仮定ですけどね」

 松下は、認めたくないといったふうではあったが、軽くうなずいた。

松下 「エクセルとかワードを使って申請書を作ろうと思ったこともあったわ。でも、みんなパソコンを使おうとしないのよ。見てて分かるでしょ。私もパソコンは苦手だし、手作業の方がよっぽど速くできるわ」

 坂口は、それはやってみてからいってほしいと思ったが、口に出してはいわなかった。豊若がいっていたように、パソコンの利用状況の改善と一緒に考えると、なかなか事が進まなくなると考えた。

坂口 「確かにパソコンを使わない人にとっては、俺のツールは何の意味も持たないですね。じゃあ、こうしませんか? 住所とか社員番号は、ブランクで提出してもらうようにルールを変更しませんか? 記入項目を絞り込んで、思いっ切り簡略化するんです。社員が煩わしさから解放されれば、提出するペースも速くなりますよ。みんな経費をためたくてためてるわけじゃないんですから」

松下 「そうね、確かに項目の見直しまでは考えが及んでいなかったわ。ちょっと総務に相談してみるわ。名前が分かれば、後はそっちで調べてね、っていえばいいわけね。あなたのツールも何か使い道があるかもしれないから、ちょっと見せてもらうことにするわ」

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