光が見えたプロジェクトと気付かぬ恋心(第6話)目指せ!シスアドの達人(6)(1/3 ページ)

» 2005年11月18日 12時00分 公開
[西野雅裕(シスアド達人倶楽部),@IT]

前回までのあらすじ

前回坂口啓二は、第2回のプロジェクト会議で物流管理システムの改善案を提案するが、反対されてしまう。その原因は、配送センターや製造部など内部の人間の反対が大きかった。今回は豊若越司のアドバイスを受けて、現実的な案へ歩み寄る。また恋愛では、谷田亜紀子の積極的なアプローチに……。



人の心理を考える大切さ

 坂口と豊若はなじみのバーのカウンターにいた。

坂口 「豊若さん。システムを導入することで、社員の人生まで変えてしまうようで、怖くなってきてしまいました。いまの私は本当にこのままプロジェクトを進めていいのかすごく不安です」

豊若 「そうか……。いまは昔と違って、ITを導入する目的が“業務の効率化”になっているからな。プランを作成するうえで大事なことは、『効率化で生じる余剰リソースをどのように割り当てるか?』を念頭に置くことだ。計画書の中の言葉遣いにしたって、『コストを削減できる』ではなく、『生産性の向上が期待できる』というように、細心の注意を払うべきだ」

 豊若は若いころ自分の犯した失敗を思い出しながら、しみじみと語った。

坂口 「そうか、なるほど……。奥深いですね」

 坂口は、こんな豊若の細かい心遣いに自分と豊若のキャリアの差を痛感した。

豊若 「ITはあくまでもツール(道具)だからな。人がITに使われたり、ITが人を苦しめたりするようなことがあってはならない。大事なことは、『いかに人とITを調和させるか?』なんだよ」

 これは、豊若の持論だった。現在の豊若はITコンサルタントという立場ではあるが、何が何でもITを導入するというスタンスではない。昔のサンドラフトで味わった失敗が、豊若の考え方に影響を与えたことは間違いない。この考え方がシステムコンサルタントとしてのもうけを減らしているが、豊若は「世の中にはお金よりも価値のあるものがある」という信念があった。

坂口 「豊若さんのおっしゃっていることは私にもよく理解できます。社内にはITと聞くだけで鳥肌が立つ人もいます。その人たちにも使ってもらう必要もありますからね。でも現状のままでは、今回のプロジェクトに抵抗を示す人が大勢います。どうすればいいんでしょうか?」

豊若 「そうだな……。あの会社では、まだ大きなシステムは無理だろうな。俺も昔、1度失敗しているからな」

 豊若は、サンドラフト社員のITリテラシーの程度が自分の在籍していたころとまったく変わっていないことを知り、残念に思った。だからいまはこのような消極的なアドバイスをすることが最良だと思えた。

坂口 「でも、豊若さんのおっしゃるように、システムを導入すれば、流通が改善できると分かっているのに、あきらめるのはもったいないです」

 豊若が流通システムを推進するヒントを与えてくれると期待していた坂口には、彼が意外にも消極的な発言をすることに納得できなかった。豊若は、坂口に芽生えたシステム化の情熱を無駄にしないように言葉を続けた。豊若は、とにかく坂口を育てたい一心だった。

豊若 「あきらめる必要はない。時期が来ればいつかは実現できる。だが、いまはその時期じゃない。それに、岸谷さんや藤木くんも肩身が狭いといってきているのだろ? 現状の提案では、福山がいうように、もう営業支援という範疇(はんちゅう)を超えているんだ。新しい営業支援システムでは、将来的な物流管理システムとの連携を頭に入れて、いま、君にできることに的を絞るべきだと思う。君はいまのサンドラフトの業務をIT化するうえで、何が欠けていると思う?」

坂口 「本社に来てから思っているのは、PCがあるのにみんなあまり使っていない印象があります。仙台では、みんなのPCの電源が付いているのが当たり前でした」

豊若 「なるほど。じゃあ、本社でPCが使われていない原因は何だろうか?」

坂口 「あまりPCの便利さを感じていないのだと思います。もっとITを定着させる必要があります」

 東京に転勤して来てまだ間のない坂口が、いまのサンドラフトの問題点を的確にとらえていることを豊若はほほえましく思った。

豊若 「そうだな。じゃあ、身近なところからやっていったらどうだろう? それには何をするのが良いだろうか」

坂口 「前回の会議で、深田さんからPDAの活用についての提案がありました。私も営業活動に出るときに、紙だとかさばったり、重かったりして多くの情報を持って出られないので、PDAに落として出ています。将来的に在庫情報や、販売情報を配信して提供するのなら、営業部員がPDAの使い方に慣れておく必要があると思います」

 豊若の思ったとおり、坂口の着眼点は的確だった。

豊若 「良い発想だな。君だけがいまやっていることを、営業部員の全員が同じことをするだけで、営業活動中に利用できる情報量が格段に多くなる。しかもカバンの中も軽くなる。喜んでもらえそうだな」

坂口 「そうですね! 豊若さん。今日は本当に貴重なアドバイスをありがとうございます!」

 坂口の心中のもやもやはスッキリと晴れていた。

豊若 「ところで、坂口君。彼女とはうまくいっているのか?」

坂口 「えっ。彼女ですか!? いや、いいえ……。残念なことに、いまは彼女がいないんです……」

 坂口には豊若がなぜ自分に彼女がいると誤解したのかが理解できなく、戸惑っていた。そこに、偶然、水元優香が現れた。

水元 「あら、坂口さん。あ! 豊若さんもご一緒ですか。こんばんは、豊若さん」

豊若 「やあ、優香。久しぶり、でもないか」

水元 「この間はごちそうさまでした。坂口さん、この前谷田さんと私、この店で偶然豊若さんに会ってね。ごちそうになったのよ!」

豊若 「おいおい。あれほんとに偶然かぁ?」

 豊若は、自分がこの店にいるのを知っていて、水元が店に来たことを見抜いていた。同時に、水元の自分に対する気持ちも察していた。

水元 「あっちゃー。バレてました? 実はここに来たら、豊若さんがいるだろうなあと思って来たんですよ。そのとき、坂口さんのことが話題になったんですよねぇ? 豊若さん」

豊若 「ああ。彼女は、坂口君の悪口ばかりいっていたなぁ。仕事中にプライベートな電話して、一喜一憂してバカみたいだとか……」

 豊若はこの一件で、谷田が坂口に少なからず好意を抱いていることを察していたのだ。

坂口 「あいつ! 豊若さんにそんなことをいっていたんですか? それ、誤解ですからね!」

水元 「まぁまぁ。そんなムキにならなくても! 坂口さんは、もう少し女性の心理も考えた方がよいと思いますわ。おほほほほほほほっ!!」

 水元にも谷田の気持ちは分かっていた。そのくらい分かりやすいアピールだったからだ。恐らく部内で気付いていないのは本人だけではないだろうか……。

坂口 「はぁ……」

 ここに1人、女性心理が理解できない、どうしようもなく不器用な男がいた。

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