良い顧客が良いITプロジェクトを作る開発チームを作ろう(5)(3/4 ページ)

» 2007年09月25日 12時00分 公開
[佐藤大輔,オープントーン]

最初のミッション

 それでは、実際どのようにITガバナンスが保たれていたかを見てみましょう。

 プロジェクトの早い段階でHさんのチームではフレームワークに関するいくつかの問題点に気付きました。顧客がITガバナンスを維持しているこのプロジェクトではその問題点は直接顧客に指摘が可能です。「元請けさま」にお伺いを立てる必要はありません。顧客はフレームワークの問題点の指摘に耳を傾けました。早速フレームワークの構築チームを交えて打ち合わせを行い、Hさんチームの持ち寄る改善案を採用しました。

 Hさんチームは最初は「そうなった事情を知らずに」指摘が的外れなこともしばしばでした。

 多くの「大規模な開発」の現場ではしばしば技術者が「腐る」ケースを見ています。硬いフレームワークに手足を縛られ、しかも、そのフレームワークに不満があり実装を重ねるたびに作業にストレスを感じる。フレームワークやアーキテクチャの問題を実装レベルで回避を求められる。アーキテクチャの改善を依頼しようにもその窓口もない。常に、余計なコストを払いながら実装を続ける。

 結果として技術者は「気持が腐った状態」になってしまい、「自分たちの構築するシステムをなるべく遠巻きに見ている」という場面に出くわします。技術者が愛情を持って育てられるシステムと、そうなってしまったシステムのプロジェクトとでは品質や効率に非常に差が出ます。

 こうした「腐る」状況をこのプロジェクトでは防ぐことができていました。

 少なくともHさんとそのチームは技術力をいかんなく発揮し、貢献することができました。顧客もその評価を直接、そして正しくしてくれたのです。

 このような状況は顧客によるITガバナンスが保たれているプロジェクトの典型と言っていいでしょう。

 いままでの実例でも述べてきたように、ベンダとユーザーは立場が違います。極論をいえば、ベンダは工期・工数が増えてもしばしば「もうかる」構造になっています。「ITガバナンス」を維持することは、立場の違うユーザー側が品質やコストをきちんとコントロールできることになります。Hさんのチームは品質面で直接的にユーザーサイドのシステム部門に貢献をしていることになります。そのことは評価につながりチームのメンバーの役割も強化されていったのです。

 技術者やチームにとって直接的な評価を受けられるのはモチベーションの面で非常に貢献します。第3回の記事「エンジニアにとっての本当の『顧客』は誰?!」でもモチベーションの重要な要素に「顧客の評価」が挙げられています。

 今回最も幸せなことは、システムの品質やコストへの直接の貢献・関与がそのまま評価につながることです。ITガバナンスを喪失したユーザーの場合、技術者のこうした貢献があっても、それは「ベンダの評価」になりベンダのマネージャからリーダーに評価が下りてきて、場合によっては何階層も経てその技術者に評価が届きます。このような状態では、モチベーションに顧客の評価が与える影響は非常に小さいものになってしまいます。

ALT 図3 腐るPJ、腐らないPJ

フレームワークや方式へ

 最初は、さほど重要でない「機能」の担当でした。しかし、彼らはこうした恵まれた環境に対して本来あった能力を遺憾なく発揮できました。結果としてフレームワークの重要な部分がいつの間にか彼らの手に渡っていました。

 取り立てて目立つチームではなかった彼らの動きに、ほかの多くのベンダが注視して行動せねばならなくなりました。大規模プロジェクトの中で「重鎮」として扱われ始めたのです。

 このプロジェクトでは、Hさんチーム貢献を、ITガバナンスを維持した顧客が正しく評価してくれました。

 ただし、この時にHさんとそのチームは貢献をし、評価をもらうにあたって進んで「責任」を取っていることを忘れてはいけません。当然、アーキテクチャやフレームワークの指摘や改善などの提案は、必然的にその提案が受け入れられた場合に責任を担うことが必要となります。Hさんチームは進んで貢献をすることの裏には、進んで責任を負っていることでもあったのです。

顧客だけの問題じゃない

 では、多くのプロジェクトが今回のように「幸せなプロジェクト」になれないのは「顧客がITガバナンスを喪失しているから」というだけでしょうか?技術者には何の問題もないのでしょうか?

 今回顧客が高いITガバナンスを維持していることが正しい評価とモチベーションを得た最大の要因です。しかし、貢献と評価を組み合わせた時に同じように、貢献と責任は切り離すことができません。「責任は取りたくありません。技術力を評価をしてください。」という技術者をよく見ます。しかし、このプロジェクトではHさんチームは技術力を発揮するために貢献をしています。その際に責任をむしろ進んで負っています。

 われわれはプロです。責任に対してお金をいただき、プロとしてお金を受け取った以上、応じて責任を果たす必要があります。結果からいえば、常に責任と評価は表裏一体の世界が「プロ」の世界です。そんな「プロ」である多くの技術者が残念ながら「責任」から逃げたいあまりにその機会を喪失しているのが残念でなりません。

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