本連載では、あるコンサルタント企業を舞台にして、企業活動とは切っても切れない“コンプライアンス”に関するトピックを、小説の随所にちりばめて解説していく。
(編集部から):皆さんは、「コンプライアンス」という言葉にどのようなイメージをお持ちでしょうか?
「最近よく耳にするようになった」「法律用語?」「面倒くさそう」「いま、そのことで頭を悩ましている」などなど、さまざまなイメージをお持ちかと思います。
一般的にコンプライアンスとは、「企業統治の一環として、法令や規則といった社会的なルールを守ること」ということができます。最近、各社が起こした個人情報漏えい事件や粉飾決算事件などで耳にする言葉だと思います。前者であれば個人情報保護法など、後者は会社法などに抵触する立派なコンプライアンス違反です。
この連載では、日ごろの業務の中に潜む、さまざまなコンプライアンスの問題を、あるコンサルティング会社を舞台にした小説の中にちりばめて分かりやすく解説していきます。基本的に、小説部分+解説部分という2話ワンセットの構成でお届けします。
「身近にあるコンプライアンスの問題をさらっと読んで、明日から使える知識を提供する」をコンセプトにお届けしますので、ぜひご期待ください。
大塚 「神崎! おいコラ!! かぁんんざぁきぃ!!」
神崎 「な、なんすか、大塚さん! 喫煙室に行ってたんすよ。いまのご時世、たばこなんかを吸ってると肩身が狭いですよねぇ……。で、なんすか?」
大塚 「顧客データベースの件だけどな……」
神崎 「あぁ。それなら、作業はちゃんとスケジュール通りに進んでますよ」
大塚 「そうだろうな。そうでなくちゃ困るし。でも、いまは作業の進ちょくの件じゃなくて、データベースの元ネタの顧客台帳の件だ」
神崎 「顧客台帳がどうかしたんすか?」
大塚 「けさ総務部に呼び出しをくらってな。行ってみたら、西村部長からお説教よ。ウチのグループは個人情報の管理がなっていないんだとよ!」
神崎 「へぇ……、大塚さん。なんか、ヘマやらかしたんすか?」
大塚 「あほ!! おまえのことだよ!」
神崎 「へ? オレっすか?」
大塚 「総務部に通報があったんだとさ。ここ数日大塚チームの神崎さんの机の上に、神崎さんが帰った後も、どう見ても顧客台帳と思われる書類が放置されたままになっている。これは、個人情報保護規程に違反しているんじゃないか、ってな!」
神崎 「あらま!」
大塚 「今日のところはお説教で済んだけど、これが繰り返されるようだと、個人情報保護規程に違反するだけじゃなくてコンプライアンス規程に違反することにもなって、総務部としては、おまえとオレに何らかの処罰をしなければならないことになる、って脅されたぞ。いいか、今日から、帰る時には顧客台帳をちゃんとキャビネットにしまってから帰れよ。いいな!」
神崎 「ういっす、了解っス!」
とこんな会話がされているのは、株式会社グランドブレーカーの執務室。
同社は、さまざまな業種のクライアントに対して、システムの概念設計から導入・メンテナンスまでを請け負っているシステムコンサルテーション会社だ。本社は東京都港区で、従業員700人強。そのうちコンサルタントが約600人なので、大部分をコンサルタントが占めている。
創業十数年の若い会社で、ようやく経営が軌道に乗ってきたところだが、それに慢心することなく、さらに会社規模と業績を伸ばそうとしている上昇志向の強い会社である。
そして、いま説教されていたのが、本連載の主人公となる神崎亮太、28歳。神崎は、主にサービス業の企業を対象とするサービスグループに所属し、大塚敏正マネージャの下でシニアコンサルタントとして働いている。
大塚チームは、マネージャの大塚をヘッドに、神崎を含めた3人のシニアコンサルタントと、その下に4人のスタッフを配する8人構成のチームだ。
現在、全国主要都市でシティホテルを展開しているプリンセスホールディングス社に、「営業支援と人事評価を統合したシステムを提供する」というプロジェクトに従事しており、主に営業支援の分野の仕事を担当している。
神崎は、営業支援システムの1つである「顧客管理システム」を担当しているが、1週間ほど前のある土曜日の朝、起き抜けにいきなり、顧客管理システムの一部となるデータベースの作り込みに使える画期的なアイデアが頭にひらめいたのだった。
そのアイデアが実現できれば、「Microsoft Office Access」と「Microsoft Office Excel」の間のデータのやりとりが格段と速くなり、かつ、どちらか一方で行った「データをソートした結果」を、自動的に他方に反映させることが可能となるのだ。その結果、作業時間とコストの大幅な削減が可能となる。
そのアイデアを大塚に説明したところ、大塚もそのアイデアは使えると判断し、クライアントへの成果物に含めることを認めたので、神崎はそのアイデアに「ソルティシュガー」という名前を付けて、現在それを実現化することに没頭している毎日であった。
大塚が見るところ、神崎は基本的には優秀で使える人材である。仕事の内容やクライアントの要請を正しく理解し、自分のやるべきことを把握できるので、まとまった仕事を安心して任せることができる。性格的にも素直で明るくて、嫌みなところがない。ただし、かなりのお調子者というか能天気というか、いい加減というか……。年齢相応の思慮や配慮といったものが欠けていて、人間全体として大ざっぱ過ぎるところが残念なところだ。
総務部から説教をくらった「顧客台帳の放置」などは、まさに神崎の大ざっぱな性格を象徴する出来事である。「帰り際に書類をキャビネットに入れる」という簡単な作業さえしておけば何の問題もないのに、神崎には、その“ちょっとした簡単な作業を忘れてしまう”といういい加減さがあった。
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