工事進行基準を分かりやすく解説してみよう【基本編】売上計上のタイミングが変わる

» 2008年06月09日 00時00分 公開
[垣内郁栄@IT]

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 全世界の企業会計を1つの基準に統一するコンバージェンスへの対応で、日本の会計基準も変更されることになった。システムインテグレータ(SIer)や受託のソフトウェア開発企業に大きな影響を及ぼしそうなのは「工事進行基準」の導入だ。SIerや受託開発のビジネス、開発の仕方を大きく変える可能性が高い。しかも適用されるのは2009年4月。時間はない。ベリングポイントのシニアマネジャーで公認会計士の山田和延氏に基本を分かりやすく説明してもらった。

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売上計上を複数タイミングで

ベリングポイントのシニア マネジャーで公認会計士の山田和延氏

 工事進行基準を一言で説明するなら、売り上げを計上するタイミングがこれまでと変わる、ということだろう。従来、ほとんどのSIerや受託開発企業は工事完成基準と呼ばれる考えで売り上げを計上してきた。工事完成基準では工事が完成し、引き渡しが完了した日に工事収益を認識する。システム構築の場合は、プロジェクトがスタートして開発を行い、顧客が検収をした後に売り上げを立てることになる。この工事完成基準のメリットは会計上の客観性、確実性が高いということだが、一方で引き渡しが終わるまで財務諸表に売り上げが反映されず、長期間の開発では企業活動の実態との乖離が大きくなる危険がある。特に赤字プロジェクトではその開発途中では赤字が判明せず、開発終了後になって突然大きな赤字額が発表されることがある。

 対して、進行基準は決算期末に開発の進捗を見積もって、その進み具合によって売り上げを計上する考え。工事完成基準の売り上げを計上するタイミングが最終段階の1点なのに対して、進行基準では決算期末ごとに複数に分けて売り上げを計上するのだ。このため長期間にわたる開発でも、企業活動の実態をその都度、財務諸表に反映させることができる。その企業の株主や開発を依頼している顧客企業にとっては複数のタイミングで開発の進行をチェックできるというメリットがある。ただ、工事の見積総原価や進捗度合いは恣意的に操作可能な面もあり、客観性や確実性については完成基準に劣るとされている。

 山田氏は「会計の一番の目的は企業の実態を忠実に現すこと。完成基準は客観性、確実性があり、操作できないメリットはあるが、会計の一番の役割である実態を示すことができない。進行基準は開発途中の付加価値が現されていて、企業の実態に従って売り上げや売上原価が計上されている。しかし、操作できるというデメリットがある」と解説する。

SIer、受託開発が対象

 ここで進行基準を適用できる企業を確認しよう。適用できるのは工事というだけあって建設業のほか、IT分野では顧客の指示、依頼によってシステムやソフトウェアを開発するSIer、受託のソフトウェア開発企業だ。規模は関係ない。ただ、進行基準が適用されているかチェックするのは監査の段階なので、外部の監査法人によって監査を受ける上場企業が主な対象になる。非上場の企業も進行基準を適用できるが、監査役のチェックだけなのでどこまで厳密に適用されるかはその企業による。また、後述する税制改正でソフトウェア開発の大規模な長期開発も進行基準が強制適用となった。山田氏によると、建設業で進行基準を選んでいるのは企業全体の3分の1程度。それもプロジェクトによって異なり、残りは完成基準を選んでいる。

 もう1つ確認したいのは進行基準は原則適用ということ。つまり、場合によっては従来と同じ完成基準を選ぶことも可能だ。ここで重要になるのが、進行基準を選択する条件だ。その条件とは「工事契約に関し、工事収益総額、工事原価総額、工事進捗度を信頼性をもって見積もることができる場合は、工事進行基準で収益を計上しなければならない」ということ。つまり、工事収益総額、工事原価総額、工事進捗度という3つの条件を誰が見てもクリアできているといえる場合は進行基準を適用しないといけないという意味だ。では、この3つの条件を見てみよう。

工事収益総額――工事契約の対価。事前の契約によって対価が決定していて、工事を完成させる能力があることが必要

工事原価総額――最終的にできあがるまでの原価の総額。開発中の実際の原価と比較でき、適宜見直しを行う必要がある

工事進捗度――開発の進捗度合い。あるタイミングでどのくらい開発が進んでいるかを客観的、確実に把握する必要がある

 この3つの条件のうちもっともハードルが高いのは進捗度だ。収益総額、原価総額とも事前に見積もることが可能だし、その都度修正することができる。だが、進捗度は客観的に把握するのが難しい。複数のスタッフやパートナー企業、下請け企業が参加するようなプロジェクトではなおさらだ。

「原価比例法」で進捗を把握

 だが、進捗度を測る手法がある。それが「原価比例法」。これは見積総原価(全体にかかる予定費用)に対してかかった費用の割合で進捗度を測る方法だ。例を挙げると、100億円の原価総額がかかる開発の場合で、これまで30億円の費用が発生したとすると、100分の30で30%の進捗と見なす考えだ。原価比例法からその時点での収益計上額を計算するには、進捗度(%)に契約総額を積算し、前期までに計上した収益を引く。これが今期の工事収益ということになる。

 実際にかかった費用の割合で進捗度を測る原価比例法はシンプルで分かりやすい。ただ、重要なのは「30億円の費用が発生しても総原価が変わっていないか」ということだ。総原価が変わり、200億円になっていれば、当然その期の進捗度は15%と当初の半分になってしまう。「原価比例法は全体の費用を継続的に見積もらないといけない」(山田氏)というのがポイントだ。ベースになるのがWBS(work breakdown structure)の作成。山田氏は「最初の見積時にWBSで工数を積み上げて、必要なステップ、人員を求めて総原価を出す。開発中は、いまWBSのどこまでいっているか、費用がいくらかかっているかを比べる。実際の原価もWBSベースで見比べないといけない」と指摘する。

進行基準は「クオリティの目安に」

 もちろん、上記の3つの条件がそろわない場合は、完成基準を選ぶことも可能だ。いままでどおりやっていくこともできる。しかし、収益総額、原価総額、進捗度が分からないということはそのSIerや受託ソフトウェア企業は「管理体制がそもそもかなり低レベルと宣言することと同じ」(山田氏)。3つの条件は仕事を請け、適切に開発を行う上で当然の管理基準ともいえるだけに、進行基準が適用できるかどうかは「1つのクオリティの目安になる」と山田氏は語る。もちろん、SIerに仕事を依頼する顧客企業側が進行基準での開発を依頼するケースもあるだろうし、株主が進行基準を適用するようプレッシャーをかけることも考えられる。特に上場しているような大手のSIerにとっては進行基準の適用は必須だろう。

 これまで会計基準における進行基準の説明をしてきたが、税制上の取り扱いも変わった。これまでは税制上の進行基準の適用は建設業が対象だったが、今年度の税制改正で新たにソフトウェア開発がその対象に加わった。さらに進行基準が強制適用される長期大規模工事の範囲が、従来の「2年以上の工期、請負金額50億円以上」から「1年以上の工期、請負金額10億円以上」と改正された(法人税法第64条)。また長期大規模工事以外でも、「損失が生ずると見込まれるものについて、工事進行基準を適用することができることとする」とされた。この法人税法の改正は2008年4月からすでに適用となっている(財務省の要綱)。

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