公私混同こそがコンプライアンスのガンだ読めば分かるコンプライアンス(10)(1/2 ページ)

今回は、前回掲載した小説部分で取り上げた上司が裏金作りをしているのを見つけてしまった場合のコンプライアンス問題について、筆者が分かりやすく解説する。

» 2008年09月10日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

編集部から

今回は、前回掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説する回となります。前回の小説パートを読んでいない方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思いますのでご一読ください。


“仏作って魂入れず”だからダメなんだ

 「コンプライアンス」という言葉がビジネス界で使われ始めてから十数年がたつ。

 その当初、コンプライアンス確立に取り組んだ企業の多くは、“企業倫理規範”や“企業行動要綱”などの「基本文書」を作成したり、「コンプライアンスマニュアル」を作成し、そして「コンプライアンスヘルプライン」を立ち上げた。

 極端にいうと、これら「3点セット」をそろえることがコンプライアンスの確立である、と見なされる傾向があった。

 しかし、いまその当時を振り返ると、「仏作って魂入れず」と似た状況だったように思われる。そのような企業の多くは、「コンプライアンスとは何か?」といった本質論を煮詰めないまま、「3点セット」という外形だけを固めて、それでよしとしていたのではなかっただろうか。

 「コンプライアンスとは何か?」という本質論について、いまでは「コンプライアンスとは、企業が正しい営利活動を継続していくために必要な社会的信頼を維持することであり、従って、コンプライアンス違反とは、そのような社会的信頼を損なわしめる行為をいう」という認識が一般化してきている。

 ところが、「コンプライアンス」という言葉がポピュラーになり始めたころは、「コンプライアンス=法令順守」という表面的な定義は述べられていたが、どのような行為がなぜコンプライアンス違反となるか、といった詳細な部分までの認識は確立されていなかった。

 つまり、日常的な企業活動との関連を踏まえた実質的な定義付けがないままに、「コンプライアンス」という言葉だけが独り歩きをしていた状況だった。

 このような状況で、多くの会社員は「コンプライアンス」という言葉を、上司や会社を非難するための有効な武器として認識していたのではないだろうか。つまり、「正しくないことを行った会社はコンプライアンス違反を犯したといわれる。ならば、会社が正しくないと思ったらコンプライアンス違反だといえばよい」といった具合に認識されていたように思われる。

 それが最も顕著に反映されたのが、「コンプライアンスヘルプライン」であろう。「コンプライアンス」の定義がはっきりしないままに、「コンプライアンスヘルプライン」というツールが提供されると、多くの会社員は会社に対する自分の不満、うっぷん、反感などを「コンプライアンス」という言葉に置き換えて「コンプライアンスヘルプライン」に吐き出していた。

 筆者の知っている企業で、比較的早くからコンプライアンス体制の構築に取り組んでいた企業がある。

ALT 河田 啓三

 この企業もまた、コンプライアンスの本質論を固めないままに「3点セット」を作成して社内に周知していたが、「コンプライアンスヘルプライン」に寄せられる通報は、いわゆる個人的な愚痴が多かったという。

 いわく、「部長は私よりもAさんをえこひいきしている。これはコンプライアンス違反ではないか」「課長の私に対する評価は低過ぎる。これはコンプライアンス違反ではないか」「会社は、人手不足を放置して社員に残業を強いている。残業代を支払っているから問題ないと考えているようだが、これはコンプライアンス違反ではないか」などなど。

 そして、そのような通報者の多くは、別に具体的な対応を求めているわけではないという。愚痴を聞かされるこちらの身がもちませんよ、とその企業の担当者はぼやいていた。

 前述の通り、最近では「コンプライアンスとは、企業が正しい営利活動を継続していくために必要な社会的信頼を維持すること」といった本質論が一般化してきたので、「コンプライアンスヘルプライン」に寄せられる通報も、それなりの問題意識を伴っているものが増えてきているはずである。

 このような現実を見るにつけ、作った仏には魂を入れなければ意味がないのと同じように、社内にコンプライアンス体制を確立しようとするならば、市販の書籍に書かれてあるような「3点セット」を整えるだけでは意味はなく、「わが社にとってのコンプライアンスとは何か、わが社においてコンプライアンスが実践されている状況とは、具体的にどのような状況なのか」といった本質的な認識を明確にして、それを従業員に周知させなければならない。

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