SCMの成功と失敗の分水嶺となる計画系業務。需要予測システムをはじめ、支援システムは数あれど、最終的にビジネスを判断するのは人間でなければならない。その理由を解説する
前回『もう一度見直したい、「SCMって何?」』では、SCMのフレームワークとして、計画‐実行‐チェックのマネジメントサイクルを定義しました。
簡単におさらいすると、「計画」とは計画系業務のことであり、サプライチェーン上に存在するさまざまな「計画」を立てることです。「実行」は、受注、出荷、製造など業務そのものを実行することを指します。「チェック」とは、業務「実行」の結果、「計画」とどれほどの差異があったかチェックすることです。
この計画‐実行‐チェックのそれぞれに、運用を支援するさまざまなシステムが存在します。実は多くの失敗プロジェクトは、このそれぞれが具体的にどのようなものなのか、明確に理解することも、切り分けることも、それぞれの関係を明確にすることもしないまま、いきなりシステム構築に入るため失敗してしまうのです。これはすなわち、システムを使って何をすべきなのか明確に理解していない、ということですから、失敗するのは自明の理ともいえます。
例えば販売会社などでは、「仕入計画」と「受発注業務」の定義や切り分けがあいまいなケースが数多く見受けられます。「計画業務」と「実行業務」の区別がついていない形です。その結果、業務そのものが混乱していたり、実行業務である補充計算を計画系業務と混同してしまったことで、おかしなシステム機能分担になっていたり、といったことがよくあります。こうしたことを避けるためにも、まずはそれぞれがどういったものなのか、しっかりと理解しておく必要があるのです。
中でも計画系業務とは、“未来の数値を計画、立案すること”です。「計画」の定義と設計こそがSCMの“肝”であり、SCMの成功と失敗の分水嶺ともなります。そこで今回は、この計画系業務を詳しく説明したいと思います。
まず、「計画系業務」は、業務として以下のように分類できます。
ここからは、それぞれの業務について、「業務上の考え方」と「システム上の考え方」、2つの側面から解説していきたいと思います。ではさっそく、需要予測から説明しましょう。
需要予測には、大きく分けて2種類の予測方法があります。1つは統計的需要予測、もう1つは人的予測です。このうち統計的需要予測とは、統計モデルを使って予測することです。一時期、予測の正確さや、たくさんの統計モデルを備えていることを宣伝文句とした需要予測システムが流行しました。これらのシステムはいまでは見放されつつあります。なぜでしょうか?
そもそも、いくら統計的需要予測を精緻(ち)化しても100%当たるわけがないためです。統計的需要予測とはある前提の下に計算する数学モデルです。すなわち「未来は過去の延長であり、過去と同じことが起きる」という前提に立ったうえでの計算にすぎないということです。
しかし現実に、未来は過去と同じでしょうか。そんなことはありません。結局、統計的需要予測とは「過去の状況の再現」を前提とするため、過去の延長線上にない変化点は予測できないのです。
また、予測をするにもさまざまな“ノイズ”があるため、過去データをそのまま統計的需要予測に使うわけにもいきません。“ノイズ”とは、例えば「キャンペーンで売れた特殊な実績」などのことです。それを基に翌年分を予測すれば、必ず間違った結果が出ます。より正確な計算をするためには、「テレビで紹介されて突然売れた」「競合が事故で欠品し、その分売れた」など、特殊な状況で発生した“ノイズ”を徹底的に取り除く必要があるのです。そうした点に気付いた企業が増えたことも、システムが人気を失った一因といえるでしょう。
数理統計の大前提に「大数の法則」があります。需要予測を行おうとしたとき、たいていの企業ではこの大数の法則を担保するだけのデータ量がありません。例えばアンケート調査で日本人全体を母集団と想定する場合、2000人以上のアンケートが必要といわれています。基本的に、サンプル数が多ければ多いほど予測は精緻になります。ところが、企業にとって需要予測に使えるデータは「過去3年、36カ月分」など、非常に少ない例がほとんどです。
結局は、こうしたさまざまな制約があるため、統計的需要予測で100%の精度を求めること自体が無理なのです。にもかかわらず、「予測当て」に走る企業がいまだに存在するのは悲しいことです。統計的需要予測は参考にはなれども外れるもの、と考えておくべきなのです。
加えて、統計的需要予測にはこんな問題もあります。例えば、「クロストン法とウィンター法」などといわれて、あなたは分かりますか? 「線形回帰、非線形回帰」はいかがでしょう? 残念ながら多くの人は統計的知識に欠けています。そこで、内部の統計処理を隠したブラックボックスとしてシステムを導入する例がみられました。
しかし 需要予測の結果について「どうしてそんな数字になるのだ?」と聞かれたとき、あなたはどうするのでしょう? 自分でもよく理解できていないこれらの言葉を使って、よく分からないまま強引に数字の根拠を説明しようとするのでしょうか?
そんなことはありません。日本人は数字に責任を持ちます。「業務規定にあるとおり、定められたシステムを使っただけで、結果に責任はありません」とは日本人はいいません。従って、“理解できない”“難し過ぎる”需要予測システムは自然と使われなくなってきます。いままでどれほどの会社が、需要予測システムに莫大な金額を投じて、廃棄してきたことでしょう。
ただ、私は需要予測システムを否定しているわけではありません。以上のように限界はありますが、まったく意味がないわけではないのです。例えば製品数が多過ぎて人間では販売計画を立てられない場合、単純な業務で人間が計画を考えるまでもない場合には重宝することもあるでしょう。それにシステムによる予測結果を、後述する「人的予測」の参考とすることもできます。
要するに、需要予測システムの計算結果は「当たらない」ことを前提に考えるのが1つのポイントだということです。システムに完全に頼ろうとするのではなく、シンプルに計算したら、後は人が知識や経験、意思をもって数値を判断し、業務に反映していけばいいのです。
そこで説明したいのが「人的予測」です。これは過去のデータを基にシステムを使って計算する統計的需要予測と違って、いわゆる「勘と経験」から人間が予測することをいいます。「昨年度の何%増し」といった簡易な予測から、過去の顧客数や見込み客数を積み上げて計算する方法、さらには“エイヤッ”で予測する方法まで、そのパターンはさまざまあります。
業務の現場では、こうした暗黙知に基づいた人的予測は日常的に使われています。前述のように、過去の実績や需要予測システムの数値を参考にしたうえで、最終的に人間が判断することも現実によくあるのです。しかし“勘と経験”は決して馬鹿にできません。これが意外と当たるのです。コストを考えると「これで十分」といえるのではないでしょうか。
さて、以上から「需要予測」について話をまとめると、需要予測の業務上の要件は以下のようになります。
では、これを受けて、需要予測を行うための「需要予測システム」に求められる要件をまとめてみましょう。
ずいぶんシンプルに思えるかもしれませんが、システムに求める機能としては、基本的にこの程度で十分といえます。後は人が判断する「人的予測対応」でまったく問題ありません。ただ前述のように、人手では計算しきれない在庫の補充計算をするなど、必要に応じて精度の高いシステムを使うことももちろん「可」です。
要は、どんなデータを得たいのかを明確にしたうえで、その目的に合わせて、使いこなせる需要予測システムを導入・活用し、また、システムのみに頼り切らないことが大切だということです。“高度な統計モデル”とか、“自動計算”といった宣伝コピーに「素晴らしい!」などと思考停止することなく、実際に使うシーンを想定して、きちんとコストメリットも勘案したうえで、適正なシステムを導入することが大切なのです。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.