今回は、前回掲載した小説部分で取り上げた社員が自分の利益のために業者イジメをした場合のコンプライアンス問題について、筆者が分かりやすく解説する。
今回は、前回掲載した小説パートに登場したコンプライアンス問題を解説する回となります。前回の小説パートを読んでいない方は、ぜひお読みになってから参照されると、より理解が深まると思いますのでご一読してください。
いままで繰り返し述べてきたように、コンプライアンスとは「企業の継続的成長(もうけ続けること)を可能にするために、ステークホルダーの信頼を損なわないように意識すること」である。
企業がもうけ続けていくためには、さまざまな人々(ステークホルダー)の関与が必要だからだ。
商品を作り、それを販売し、企業のインフラを維持する従業員がいなければならない。企業の活動資金の基となる資本金を提供してくれる株主がいなければならない。商品の原材料やそのほかの必要資材を提供してくれる業者も必要である。そして何より、自社の商品を買ってくれる顧客がいなければならない。
これらのステークホルダーは、その企業が信頼できるから関与してくれるのである。
その信頼が損なわれると、ステークホルダーは関与してくれなくなり、企業がもうけ続ける環境が損なわれることになる。だから、われわれはステークホルダーの信頼を損なうような行為に「コンプライアンス違反」というレッテルを張るのだ。
セクハラは、従業員の企業に対する信頼を損なわせる行為だからコンプライアンス違反とされるのである。企業の財産を私的に利用する公私混同は、株主の信頼を裏切る行為だからコンプライアンス違反とされるのだ。個人情報の漏えいは、顧客(および潜在顧客)の信頼を決定的に損なう行為だからコンプライアンス違反とされるのである。
企業がもうけ続けていくために、われわれはコンプライアンス違反となる行為を未然に防ごうとし、そのような行為が行われてしまったならば、それを改善しようとするのである。これが、コンプライアンスを実践することなのだ。
前回の小説部分では、グランドブレーカーに対して協力的であり、デザイン業者としても優秀なフェニックス社という会社に対する西山の行為を、「業者イジメ」として描いている。
前述のように、企業が継続的に成長していくためには、協力的で優秀な業者は重要なステークホルダーだ。
西山の行為は、強者が弱者をいたぶって喜ぶという典型的な「イジメ」ではないにせよ、結果において業者に犠牲を強いているという点で、「業者イジメ」にほかならないといえるであろう。
作中では、思い余ったフェニックス社の富岡社長が神崎に泣き付いたことにより、ことなきを得ているが、55万円の支払いが延ばされたままでフェニックス社の経営に深刻な影響が生じていたら、富岡社長はグランドブレーカー社に対する信頼を失いはしなかっただろうか。いや、結果としてはことなきを得ているが、そこまでの過程でグランドブレーカー社に対する信頼を失っている可能性があるかもしれない。
この点に着目すれば、西山の行為は、重要なステークホルダーの信頼を損なうものとして、重大なコンプライアンス違反といえるだろう。しかも、作中で述べている通り、契約論の観点からいえば、西山の行為には契約違反はないのである。
契約/法令違反ではなくてもコンプライアンス違反になる、という点も併せて確認しておいてほしい。
作中において、フェニックス社に対する西山の行為の動機は、「いい評価を得てマネージャに昇進するんだ!」という欲求だった。
企業人が良い「評価」を得ようとすることは、いわば向上心があるということであって、企業人として当然のことでもあり、また、正しいことでもある。
向上心は、ないよりはあった方がよい。企業人としては、向上心をより強く持とうとすべきであろう。西山が、グランドブレーカー社の現状を基に自分のキャリア設計を考え、「いい評価を得てマネージャに昇進して、有利に転職する!」と考えたことは向上心の表れであって、非難されるべきことではない。
しかし、向上心を強く持ち過ぎると、「向上心のレッドゾーン」に入ってしまうことがある。レッドゾーンに入ってしまうとどうなるか。
「結果を出して高い評価を得るためなら、手段が多少ヤバくても、いいからやっちまえ」
こうなるのである。まさに作中の西山である。
これは、従業員の個人的なレベルだけではなく、企業全体の組織レベルについても同じことがいえる。
企業にとって、「利益を得ること」は当然のことでもあり、また、正しいことでもある。利益が少ない状況を脱して、より多くの利益を上げるようにしなければならない。しかし、利益向上を追い求めていくと、「利益追求のレッドゾーン」に入ってしまう。レッドゾーンに入った企業はどう考えるか。
「利益を得るためなら、手段が多少ヤバくても、いいからやっちまえ」これである。
正当ではない手段で成果を上げる企業に対して、そのステークホルダーは信頼を持ち続けるだろうか。否である。このように「行き過ぎた成果至上主義」は、それが個人レベルで生じても、組織レベルで生じても、コンプライアンスを大きく阻害する働きを持つ。
コンプライアンスを実践しようとしていくには、まず、企業の中に「行き過ぎた成果至上主義」というコンプライアンス阻害要因がないかどうかを検証することが肝要だ。
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