筆者は以前「総務部法務課」という部署で、契約書レビューや契約書ひな型作成、契約に関する相談などの業務に従事した経験がある。
そのとき、よくこのような質問を受けていた。
「納期の約束をしたが、事情が変わってその納期に間に合わなくなったんだけど、契約書を作っていないから、問題ないよね」
「報酬が払い込まれたんだけど、振込手数料が差し引かれていた。振込手数料はクライアントの負担ということになっていたんだけど、そのような契約書を作っていないから、いまから要求するのは無理なんだろうか」
そんなことはないのである。契約は“口頭でも成立する”のだ。
納期の約束をしたのならば、契約書がなくても守らなくてはいけない。振込手数料の負担を約束したのに負担してないのならば、負担を要求できるのである。
契約の成立要件は以下の3点である。
1.当事者の意思が合致していること
-事柄の理解、解釈に相違があると、契約として成立しない。
2.実現可能な内容であること
-タイムマシンの製作、などという取り決めは契約ではない。
3.適法な内容である(公序良俗に反していない)こと
-殺人請負、売春などは契約にはならない。
これらの要素が満たされれば、契約書がなくても契約は成立する。契約書を作成することは、契約の成立要件ではないのである。
また、契約を結ぶということは、お互いの権利・義務を確定することであり、企業活動における「取引」「商談」はすべて契約なのである。
契約はビジネスの最前線で作られている。営業マンが顧客と進めている「商談」が契約なのである。管理部門の担当者が業者と詰めている「仕事の話」が契約なのである。
ところが、ビジネスの最前線で活躍している営業マンや担当者の中には、まさに自分が契約を作っているのだという認識がなく、「自分は商談をまとめているだけであって、契約は法務課が作るものだろう」という意識の者がいたりする。
契約上のトラブルを回避し、自社の権利を保護していくためには、ビジネスの最前線で折衝している者に、「自分の言葉が契約になる」という意識と、契約に関する必要最低限の知識を持たせることが肝要なのだ。
【次回予告】
次回は、「公私混同はエスカレートする」というをテーマにした問題を紹介します。本連載の第9回でも触れましたが、公私混同はバレないとエスカレートする性質があります。これに対してどのようなコンプライアンス上の対策が必要なのでしょうか。実際にコンプライアンスの観点から分析し、分かりやすく解説します。ご期待ください。
▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)
中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。
主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。
著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)
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