“変化”を模索する世界(前編)何かがおかしいIT化の進め方(41)(2/4 ページ)

» 2009年03月26日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

人もかんばん方式の対象だった

 遅々として動きの見えない政府や、難解な行動を取った金融業界とは異なり、輸出関連企業は素早い動きをみせた。ITを活用したSCMシステムなどで、海外の売り上げ減の傾向を経営が直ちにとらえることができたのであろう。

 グローバル化の中で、よくも悪くも最も米国流の経営流儀に馴染んできた業界である。米国の消費市場の冷え込みの直撃を受ける、経団連の現会長・元会長が率いる会社は、率先して非正規雇用従業員をはじめとする人員整理を打ち出した。親分がいい出せば気が楽である。多くの企業がすぐ後に続いた。不備な法律や制度ではあっても、その法律には違反するわけではない。企業経営者としては会社を守るための当然の措置と考えたであろう。人までもがかんばん方式の対象であったことを知った世間は愕然とした。

 素早い対応で企業の止血作業は早めに始まったが、この素早い行動が社会に激震を呼んだ。多数の人たちが年末を前に寒空の下に投げ出された。職を失い、住む場所を失い、日々の糧にこと欠くこれらの人の間では、ホームレスになり「凍死する」「餓死する」「病死する」「犯罪を起こし食住の保障がある刑務所へ行く」の4択しか道がないという声さえ出た。

 米国の金融危機に端を発するあらゆる影響が、新聞の経済面・政治面から社会面へと移ってきて世間にようやく危機感が強まり(注2)、ドライな首切りに対して批判が強まった。内向きの組織は“外”の変化をとらえきれずに、“内”に軸足を置いた判断をして“外”とのギャップを生み、“外”に軸足を置いた組織は足元の実態とのギャップから、“内”からの批判を浴びた。


注2: 「過剰反応」との批判もある。実際、2月末に「在庫調整が進んだ」として、多くの自動車会社が「生産調整を緩和した」という報道があった。


 1999年に派遣労働の原則自由化が決まった後も、製造業ではその採用が保留されていた。しかし派遣労働を解禁した2004年は、米国や新興国の消費が大幅に拡大していた時期であった。日本ではITバブルがはじけ、ちょうど失業率上昇が大きな問題になっていたころで、企業側に都合のよかったこの時期に派遣労働がスタートしたのでなければ、これほど差別的な雇用条件になることはなかったであろう。

 しかし一方で、製造業における派遣労働の原則自由化がなければ、「失業率はさらに上がり、輸出企業の国際競争力は上がらず、経済は回復せず、さらに企業が日本から出ていき国内の空洞化はさらに進み、失業者はさらに増えただろう」という意見もある。

 派遣労働の規制緩和については、経済界、失業問題の解決を迫られる厚生労働省、「改革なくして成長なし」を掲げる政府、1990年代以降、年次改革要望書などを通じ、あらゆる分野で規制撤廃要求を突きつけてきた米国との間で、いつの時点に、どのようなやり取りがあったのかはやぶの中である。しかし少なくとも、「グローバル化にどのような対応をするか」に対する考えも覚悟も十分でないまま、日本は現在のような事態を迎えてしまった。

リスクとのバランスがなければ、人は道を踏み外す

 見方を変えれば、非正規雇用の労働者で間に合わせようとする発想は、米国の金融業界における債権証券化のアイデアに一脈通じるところがあるように感じる。債権の証券化によって、例えばサブプライムローンを売り出した金融機関は、貸し出し相手が返却不能になっても、そのリスクを負わなくて済む。

 いかに怪しげな相手に対しても、貸せば貸すほど自社の業績は上がる。債権が自社に残るなら不良債権化のリスクとのバランスを考えて、貸し出しに慎重にならざるを得なかったはずだ。債権の証券化という制度・システム化が、“モラルの喪失”と“手抜き”にお墨付きを与えたわけである。

 「債権の証券化という方法は正しい。その運用を間違った。人に問題があった」と指摘した“有識者”と呼ばれている人がいた。彼の意見は完全に間違っている。人間の欲望には限りがない。それが進歩に結び付いてもきた。しかし、債権の証券化という制度を与えれば、人間が今回のようなことをしでかすのは当然だったのである。人間が常に立派な考え方や行動をするものであるならば、共産主義もうまくいったはずなのだ。人間の本質を前提にした制度でなければ必ず問題が生じる。バランス調整(ネガティブ・フィードバック)の働かない制度や仕組みは本質的に危険な存在なのだ。

 人員整理には大きな抵抗があるのが日本の社会である。実体経済の雄である日本の製造業の経営者たちは、非正規雇用という制度により、雇用のリスクを経営問題の項目から消去して、雇用リスクとのバランスを考えることなく、目先の量的拡大と収益獲得に走れるようになった。少なくとも「そのお墨付きを得た」と思ったであろう。

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