では設計思想書には、具体的にどんなことを記すのでしょうか、物流システムの在庫管理機能を例にとって解説しましょう。
基本的に、物流システムの在庫管理機能においてメインとなる処理データ項目は、日時、商品コード、入出庫数量、ロケーションコード、顧客コードといったものになります。例えば、ある物流システムで、以下のようなデータ項目を処理するとしましょう。
日時 | 商品コード | 入出庫数量 | ロケーションコード | 顧客コード |
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20090420 11:38 | ENPITSU001 | 60 | 3F-TANA02 | 9999 |
しかし、このようなデータ項目を処理するのは物流システムだけではありません。そもそも、さまざまなシステムに「再利用することを前提として開発」するわけですから、ほかの物流業務で使うデータ項目、また物流業務に限らず、ほかの業務で使うデータ項目も視野に入れて、それらとの違いや共通点を対比しつつ、この物流システムで処理するデータ項目を検討し、必要なものを絞り込んでいくのです。すると、その過程で同じようなデータ項目を処理するシステムがいくつか挙げられるはずです。例えば、以下は生産管理システムの工程管理でよく使うデータ項目の一例です。
日時 | 作業者ID | 工程番号 | 商品コード | 実績数量 |
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20090420 11:38 | NISHIMURA | KUMITATE02 | ENPITSU001 | 60 |
物流システムは主に流通業や製造業向け、生産管理システムは製造業向けのシステムであり、システムとしてはまったく別のものです。しかし、これらのデータ項目をよく見比べてください。“似ている”どころか、大きな共通点があることに気付きませんか?
そう、両方とも5W1H──Who(誰が)、What(何をどれだけ)、When(いつ)、Where(どこで、あるいは、どこからどこへ)、Why(何のために)、How(どのように)──に属する情報を管理しているのです。この5W1Hを、上記の物流システムと生産管理システム、それぞれの表に当てはめた、以下の図1・図2、図3・図4を見てください。
When | What | What | Where | Where |
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20090420 11:38 | ENPITSU001 | 60 | 3F-TANA02 | 9999 |
まず図1・図2ですが、図2に示したように、一般に物流システムの入出庫業務は、すべて5W1Hに当てはめて表現できます。これを、図1の物流システムのデータ項目と見比べてみてください。この物流システムの場合、在庫管理機能として処理するデータ項目は赤字の部分だけです。一方、以下の図3・図4は生産管理システムのものですが、各工程での作業は、やはりすべて5W1Hに当てはめて表現することができます。ただ、この生産管理システムの場合、管理しているのは赤字の部分だけということになります。
When | Who | Where | What | What |
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20090420 11:38 | NISHIMURA | KUMITATE02 | ENPITSU001 | 60 |
以上から分かることは、物流システムの在庫管理機能も、生産管理システムの工程管理機能も、その管理対象となる業務は、基本的に5W1Hですべて定義、管理できる、ということです。しかも、物流システムの「出庫数量」、生産管理システムの「実績数量」などは 、それぞれの業務内容に適した項目名を使っているだけで、管理する対象は同じです。つまり、管理する対象はモノ、人、情報などさまざまですが、物流システム、生産管理システムともに、それらを5W1Hの軸で統合管理しているという点ではまったく同じなのです。
もう1つポイントがあります。エクスプレス開発のドキュメントの記述方法として、「汎用的な部分と、そのシステム独自、または特殊な部分が明確に分かるように記述する」と、Page1の表1で説明しました。この例の場合、すでに明らかです。
物流システムの在庫管理機能の場合、“汎用的な部分”は「5W1Hを軸にしたデータ項目」であり、“そのシステム独自、または特殊な部分”は、「この物流システムではWho、Why、Howは管理していない」ということです。
「設計思想書」にはこうした情報を記述しておくのです。すると、あとでそれを読んだ人は次のようなことが即座に理解できます。「物流システムにおける在庫管理業務は、基本的に5W1Hに即したデータ項目ですべてカバーできる」「本来なら5W1Hに即したデータ項目がすべてあって然るべきだが、この物流システムの場合は、ある考えによって、Who、Why、Howに関するデータ項目は用意しなかった」「5W1Hに即したデータ項目は生産管理システムの工程管理にも有効利用できる」
──すなわち、このページの冒頭で述べたように、システム開発の際、最初から視野を広げて汎用性を検討しつつ、そのシステム固有の要素を決め込んでいくことにより、「あらゆるシステムに再利用できる汎用的な部分」「このシステムに固有の部分」が明確に把握できるというわけです。これらの情報が、新規開発案件の際、既存資産の再利用を検討するに当たって、非常に有効な手掛かりとなることはいうまでもありません。
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