下請けいじめでストレス発散は犯罪?読めば分かるコンプライアンス(21)(2/4 ページ)

» 2009年09月08日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

すれ違いだらけの契約が正立

 松田の紹介を受けた2日後、神崎は自社の会議室で藤堂と対面した。

神崎 「はじめまして。グランドブレーカーの神崎です」

藤堂 「はっ。藤堂と申します。松田さまからこのたびのお仕事のお話をお伺いしまして、飛んでまいりました。誠にありがとうございます。今後ともよろしくお願いいたします!」

ALT 藤堂 流星

 藤堂流星は、年のころなら30歳を少し過ぎたあたりか。長髪を後頭部で無造作に束ね、ポロシャツとジーンズとスニーカーという、いかにも芸術系自由業的服装だったが、その物腰は、ノルマに追いまくられて必死になっている営業マンといった雰囲気だった。

神崎 「では、自作のイラストをご持参いただいていると聞いてますので、早速見せてもらいましょうか」

 神崎としては単に商談の枕詞としていったつもりだったが、藤堂はこの言葉に猛烈に喰らいついてきた。

 神崎は、藤堂のイラストに別に感動も感心しなかったが、必死の形相で自作のイラストを宣伝している藤堂を眺めながら、心の中で「(自由奔放な服装をして気楽そうに見えるけど、現実には明日の収入の保証のない零細事業なんだな。涙ぐましいほど必死じゃないか)」と苦笑せざるを得なかった。

 神崎はワールド商事に納入する経理システムの概要を簡単に説明した後で、今回の依頼について説明した。

神崎 「お願いしたいのは、マンガチックな操作マニュアルの作成なんですよ」

藤堂 「マニュアルの作成……。ですか?」

神崎 「あ、いや、マニュアルの説明文はもちろん当社で作成します。お願いしたいのは、新たなキャラクターを作ってですね、そのキャラクターが操作方法を説明するというマンガ形式にすることなんですよ」

藤堂 「ははぁ、なるほどですね」

 神崎はマニュアルの完成品のイメージを伝え、それを基に藤堂の作業の段取り、必要日数、報酬額についての見積書の提出を求めた。そして、藤堂は2つ返事で了解して帰っていった。

 驚いたことに、その翌日には見積書を添付したメールが送られてきた。藤堂の必死さが手に取るように分かる対応の早さだった。

 その見積書によれば、「必要なカット数は120カットから150カット。報酬は58万円。受注後3日以内に使用キャラクターのドラフトを作成。マニュアル説明文の原稿を受領してから1週間以内で全カットを納入する」というものだった。

 神崎はその内容に零細事業主の悲哀を見たような気がして、心の中で苦笑した。神崎にしてみれば、58万円という報酬金額はまったく問題なかった。本体の経理システム構築の代金は、当初の予定通り45%の粗利を確保しているので、副業である「マンガチックな軽いマニュアル」で利益を追求するつもりはない。グランドブレーカーの社内ルールで決められている25%の最低粗利率を確保すればそれでよかった。

 ということは、クライアントであるワールド商事に請求すべきマニュアル作成代は78万円で十分ということになる。等々力課長の持っているであろう予算の規模からすれば、78万円という金額は微々たるものであり、拒否されることはないはずだ。

 神崎は藤堂の見積書を踏まえて、グランドブレーカーとしての「操作マニュアル作成見積書」をまとめてワールド商事の等々力課長に提出した。報酬額としては、切りのよい数字として80万円という金額を記載しておいた。

 案の定、等々力課長は神崎の見積書を快諾して正式にマニュアル作成業務を発注した。

 それを受けて、神崎は藤堂との間で詳細な作業条件を詰めた。

 その過程で、藤堂が「イラストの追加は、20カットまでは報酬金額の範囲内とする」旨の取り決めをしておきたいと申し出てきた。

 藤堂にしてみれば自身の経験則から、「この手の仕事では、作業が進んでいくと依頼主はイラストの追加を要求するようになるので、20カットを超える追加は別料金をいただきますよ」ということを明らかにするのが目的だった。

 一方、神崎はこの手の仕事は初めてであり、自分がカット数の追加を要求するようになるという認識がまったくなかったので、20カットまでは無料で対応するという面だけを見て、「藤堂がまたいつものように、仕事欲しさのあまり、依頼主にいい顔をみせようとしているだけだろう」と解釈していた。

 こうして、当事者同士の思惑は正反対のまま「イラストの追加は、20カットまでは報酬金額の範囲内とする」という合意事項が出来上がった。

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