下請けいじめでストレス発散は犯罪?読めば分かるコンプライアンス(21)(4/4 ページ)

» 2009年09月08日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]
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気付かないうちに下請けいじめ

 赤城は藤堂との仕事上の経緯や藤堂への応対のあらましを神崎から聞き取り、藤堂のメールのプリントアウトを読み、しばし考えてから、おもむろにいった。

赤城 「神崎くん、今回の非は君にある。藤堂さんのいうことが正しい」

 赤城は大学の先輩でもあり、仕事上でも兄貴的な存在である。神崎は赤城を頼りにもしているし、時には甘えたりもするが、ここは自己弁護しなければと思った。

神崎 「非があるっていっても、代金はきちんと払いますよ。それを契約違反だ下請法違反だなんてはったりかまして……」

赤城 「はったりじゃないよ。藤堂って人はちゃんと勉強してるね。いうことが、いちいちごもっともだ」

神崎 「でも、契約違反とかいったって、正式な契約書を交わしたわけでもないし……」

赤城 「だからさぁ、前から何度もいってるだろう、契約は口頭でも成立するって。20カットまでは契約金の範囲内で、つまり無償で描くけれど、21カットからは別料金にしてくださいといわれて、ハイ分かりましたと応えたら、それで契約は成立しているんだ。契約が成立した以上は、21カット以降のイラストに追加料金を支払うのがウチの債務になるんだから、追加料金を支払わないのは当然、債務不履行になる」

神崎 「契約って、そんなに簡単にできるもんですか?」

赤城 「なに寝惚けたことをいってるんだよ。取引行為はすべて契約なんだよ。コンビニでガムを買うときだって、契約書は作られないけど、ガムの取り引きという売買契約が成立して瞬時に完了していることになるんだ。営業の最前線でお客さんと接している君たちが、契約についての正しい知識を持っていることが、コンプライアンスの基本なんだ。しっかりしてくれよ!」

神崎 「契約についてはオレの知識不足だとしても、下請法に違反するとかいうのも、オレが悪いんですか? だいたい、藤堂さんはウチの子会社でも系列会社でもないのに、なんで下請なんですか?」

ALT 赤城 雄介

赤城 「それはな、下請法っていう法律が、親会社と下請会社になる関係を定めていて、その関係に該当するときには、親会社に一定の義務を課して下請会社を保護しているからなんだ。今回の場合、ウチがワールド商事から受注した情報成果物の一部の作成を藤堂さんに委託しているという関係で、相手が個人事業者だから、ウチが親会社で藤堂さんが下請会社に該当することになり、下請法が適用されるんだよ」

神崎 「その法律が適用されると、どうなるんですか? 藤堂さんは、実質的に報酬額の一方的な減額をしたから法律違反だとかいって難癖をつけてきてますけど……」

赤城 「難癖じゃない。約束した58万円という報酬を減らすのだけが減額ではないんだよ。本来なら21カット以降のイラストで追加料金がもらえるはずなのに、その追加料金がもらえないんだから、それは実質的な減額だろう。これ、法律の条文からも解釈できるし、判例でも認めらている」

神崎 「それで、公取委にも相談するっていきまいているわけですか」

赤城 「いや、公取委に相談したいとは思っていないだろう。その部分ははったりかもしれないな。要は、契約通りに追加料金を払ってくれといってるんだよ」

神崎 「それならそうと、ちゃんと頼めばいいんですよ。それを、契約違反だ下請法違反だと、仕事をもらっている立場なのに、タカピーな態度でいってくるから……」

赤城 「……。なるほどね」

神崎 「へ? 何がなるほどなんです?」

赤城 「下請法っていう法律は欧米には存在しない、極めて日本的な法律だっていわれてるんだ。まぁ、浴衣みたいな法律だな。なぜそんな法律が日本に必要なのか、僕には長いこと疑問だった。でも、その理由がいま分かったような気がするよ」

神崎 「へぇ、で、なぜなんです?」

赤城 「中規模以上の企業に君のような考え方をするタカピーな人間がたくさんいて、それが小規模の会社や個人事業主をいじめているからなんだな」

神崎 「ええっ? 俺はいじめているつもりなんかまったくありませんよ!」

赤城 「そりゃあ、意図していじめているわけじゃないだろう。でも、だからこそ、法律で守ってやらないとだめだと、昔の人は考えたんだろうな。下請法を作った人は、コンプライアンスの精神をしっかり掴んでいたんだなぁ」

神崎 「……。でも、赤城さん、コンプライアンスを実践するには、いろんな法律を知っておかなければならないってことになりますよね。仕事を覚えるだけでも大変なのに、それって、ほとんど不可能でしょう」

赤城 「まぁな。法律をたくさん知っていればそれに越したことはないけど、でも、良いことを教えてあげよう。ビジネスマンとしては、法律の中身まで詳しく知る必要はないんだ。そうだなぁ、最低限、法律の名前と立法趣旨を頭に入れておけば十分だよ。そうすれば、現場で何かをしようと思ったとき、これって法律上大丈夫かなっていうセンサーが働くだろう。そうしたら、自分で答えが分からなくても、答えを知っていそうな人に聞けばいい。そうすることによって、少なくとも法令違反回避というコンプライアンスの最低限のハードルはクリアできる。それでOKなんだよ」


等々力課長 「神崎さん、あのマニュアル、いいできですねぇ! 藤堂さんのイラストもグーっすよ!」

 電話の向こうで等々力課長の嬉しそうな声が響いていた。結局マニュアルを完成させるために、グランドブレーカーは藤堂に自腹で27万円の追加料金を支払ったのだった。

神崎 「そうですか。それはよかった。藤堂さんも喜びますよ」

 クライアントも喜び、業者も喜び、自分たちの会社も喜べる。神崎は「これがコンプライアンスの1つの表れ方なんだろうな」と思った。

【次回予告】
 神崎はクライアントの要望でマンガ風のマニュアルを作成することに。初めての経験に戸惑いながらも、イラストレーターの藤堂に依頼して作成することになりました。しかし、契約時の勘違いなどが原因となり、神崎の言動は“下請けいじめ”ととられても仕方ないほどにエスカレートします。

 結局、神崎は追加分を支払うのですが、どこの会社でも、経済的優位に立つ発注側は、このような言動になりがちです。次回は、このような発注時の問題について、コンプライアンスの視点から詳しく分析します。なお、次回は9月9日に掲載予定です。お楽しみに。

著者紹介

▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)

中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。

主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。

著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)


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