では、高度なIT人材は、いま以上に必要とされていないために育成されていないのだろうか。
前述のIPAの調査結果では、人材の量に関して「大幅に不足している」としているIT企業が16.2%であるのに対して、人材の質に関しては、32.4%と倍の企業が「大幅に不足している」と感じている(図表4、5参照)。つまり、量よりも質が求められており、高度IT人材に対するニーズが高いことが分かる。
高度IT人材育成のニーズはあるが、ITSSベースではIT人材の質的な向上が見られないのはなぜなのか。ITSSの普及状況に問題があるのだろうか。
IPAの調査では、ITSSは33%の企業で現在利用されており、利用を検討している企業を含めると52.6%の企業に導入が広がっている。
しかし、従業員規模別に見ると、企業規模により大きな差がある(図表6参照)。1001名以上の大企業では59%の企業がITSSを現在導入しているが、30名以下の中小企業では8.5%の企業でしか現在利用されていない。
日本の企業は90%以上が中小企業であるといわれる。IT業界においても、多重下請け構造は解消されず、多くの中小企業が大企業の下で仕事をしている。その多数を占める中小企業にITSSが普及していないのであれば、人材スキルをITSSベースで測定すれば横ばい状態であることも理解できる。
従って、「ITSSが中小企業に普及しないことが、IT人材のスキルアップが図られない原因の1つ」と考えられる。
IPAにおいても、ITSSの中小企業への普及を図るため、「中小企業におけるIT人材育成強化事業」などの取り組みを行っている。
しかし、普及が進まないのは、「企業の取り組み姿勢よりも、ITSSそのものに構造上の問題があるからだ」と筆者は考えている。
ITSSは、11職種35専門分野7レベルからなるキャリアフレームワーク(図表7参照)で全体を示すことができる。それぞれ職種の役割分担は、IT投資局面で整理すると、図表8のように表される。
これを見ると、経営戦略策定段階ではセールス・コンサルタント、戦略的情報化企画段階では、セールス、コンサルタント、ITアーキテクト、プロジェクトマネジメント、開発段階では、「プロジェクトマネジメント」「ITスペシャリスト」「アプリケーションスペシャリスト」「カスタマサービス」、運用・保守段階では、「プロジェクトマネジメント」「ITスペシャリスト」「アプリケーションスペシャリスト」「カスタマサービス」「ITサービスマネジメント」など、複数の職種の人が必要になる。
中小企業が多くたずさわる開発段階や運用保守段階においても、それぞれ4職種、5職種の人材が必要となる。このように多くの人材を必要とするのは、プロジェクト規模がかなり大きなものであり、通常のプロジェクトではこれだけの職種が必要になることはありえない。
そのため、自社に合った職種体系を作ろうとすると、ITSSの職種の取捨選択だけではなく、複数の職種の組み合わせが必要になる。特に、プロジェクト規模の比較的小さなものに従事することが多い中小企業においては、ITSSの職種をそのまま導入することは難しい。
また、レベルを表す達成度指標は、複雑性とサイズによって評価される。複雑性は、ミッションクリティカルで高品質のシステムを構築したかとか、クロスプラットフォームのシステムを構築したかというような“経験したシステムの内容”で評価される。サイズは“経験したプロジェクトの規模”を中心に評価される。従って、複雑性の高いプロジェクトや規模の大きなプロジェクトの経験がないとレベルは上がらない。
中小企業においては、ITSSの達成度指標で示される複雑性の高いプロジェクトや大規模なプロジェクト自体が少ない。ITSSの改訂でサイズ指標が見直され、初期のITSSよりは中小企業に適用しやすくなったが、まだまだ、中小企業の実態に即したとは言いがたい。
ITSSの職種体系、レベル評価方法ともに、中小企業には導入しにくいものとなっている。
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