どうすれば要件定義で失敗しないのかプロジェクト管理トピックス(2/2 ページ)

» 2010年06月17日 12時00分 公開
[唐沢正和,@IT]
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ITコスト削減とIT投資を同時に

 セミナーの最後に行われた特別講演では、ウルシステムズの植松隆ディレクターがコスト削減時代におけるアジャイル開発の強みについて解説した。

 厳しい経済環境が続く中、多くの企業にとってITにまつわるコスト削減や効率化は重要な経営課題となっている。しかし、こうした縮小路線を続けているばかりでは、ITシステムの進化が止まり、事業そのものが立ち行かなくなる可能性もある。これからは引き続きITコストの削減を図る一方で、競争優位の獲得に向けた先行的なIT投資を行うことも重要な取り組みになってくる。景気が回復してからIT投資を始めたのでは、ビジネスで後れをとる恐れがあるからだ。

 ただ、先行的なIT投資が必要だと分かっている企業でも、すぐに動けないのが実状である。「競争優位の獲得のためにITで何をしたらいいか分からない」、「新しい取り組みに向けた明確な要件が出てこない」、「アイデアはあっても成果を出せるのか不安」など、悩みは尽きない。

 植松氏はこうした現状について、「従来型のシステム開発手法であるウォーターフォールモデルに限界がきていることが大きな原因」だと指摘する。

 ウォーターフォールモデルは、システム開発のプロセスにおいて、システムがユーザーから見えない「潜行期間」が非常に長い。ようやく浮上してくるのはシステムテストに入った段階であり、この時点で新たな問題が判明した場合、手遅れになりかねない。要件定義や基本設計でフリーズポイントが生じることも大きな課題だ。事業環境の変化に対応できないため、開発当初の要件や外部仕様が陳腐化しやすく、修正するにも多大なコストや工数が発生する。

なぜ今、アジャイル開発なのか

ALT ウルシステムズ ディレクター 植松隆氏

 そこで、事業環境の変化にも柔軟に対応できる開発手法として、植松氏が提案するのがアジャイル開発である。アジャイル開発とは、短期間の開発サイクル(イテレーション)を繰り返して、少しずつシステムを成長させていく開発モデルで、繰り返し型開発、段階的開発、柔軟な開発、自立的なチームの4点が大きな特徴だという。

 植松氏は、「プロジェクトのタイプや技術的な問題などによってイテレーションの期間は異なるが、最短で2週間、最長でも1カ月間で要件定義から受入テストまで行うことができる。そのため、ユーザーは実際に動作するシステムを利用して要求を確認し優先順位の判断を行うなど、満足度の高いシステムを構築できる」と、アジャイル開発のメリットを説明する。加えて、文書化などの無駄な作業を削り、真に必要とされる作業に集中できることや、事業環境の変化に迅速に対応できるスピードが身に付くこともアジャイル開発の効果に挙げている。

 ウォーターフォールモデルに比べて、大きなメリットが期待できるアジャイル開発だが、日本では、まだ定着していないのも事実だ。「アジャイル開発を遠ざけるネガティブイメージが根付いてしまっていることが原因だ」と植松氏は話す。アジャイル開発は小規模向けで、大規模開発や基幹システム開発には向かない、ドキュメントが残らないので保守・運用が困難、短期間で開発するためには、開発者に高いスキルが必要で、その結果、技術者の単価が高くなりコスト増につながってしまう、などのイメージがあるという。

アジャイル開発成功の秘けつとは

 植松氏は、アジャイル開発の成功例として金属チタン総合メーカーの東邦チタニウムの事例を紹介した。東邦チタニウムでは、新工場を建設するにあたり、基幹システムとして生産管理システムを整備することを検討し、そのベストプラクティスとしてアジャイル開発手法を適用した。

 東邦チタニウムがアジャイル開発手法の適用を決めた背景には、(1)絶対厳守の納期(2)確定できない要件(3)進ちょくの見える化の要求という課題があった。特に、新工場を稼働させるには生産管理システムが不可欠であり、納期の厳守は絶対条件だった。そのためには、曖昧な進ちょく報告ではなく、目に見える成果報告が経営者側から求められたのである。また、同社は今まで生産管理という視点でのシステム構築経験がなかったため、動作するシステムを確認しながら、要件を確定する必要があった。

 東邦チタニウムでは、こうした課題をすべて解決するため、ウォーターフォールモデルではなく、アジャイル開発手法を適用した。初めて取り組んだアジャイル開発でありながらも、新工場や新組織のあるべき業務を描き、業務要件およびシステム要件の定義を経て、納期やコストを守るなどの高度なプロジェクトマネジメントを展開することで、新工場の稼働開始と同時にシステムリリースを実現し、開発プロジェクトを成功へと導いた。

 この成功事例を踏まえ、植松氏はアジャイル開発へのネガティブイメージは誤解が生んだものであることを説明した。「アジャイル開発は、システムの規模や種類に依存するものではない。段階的な開発が行えるアジャイル開発は、むしろ大規模の方が適している。また、アジャイル開発はドキュメントを作成しないのではなく、ドキュメントの重要度によって取捨選択できるのが特徴だ」としている。

 「アジャイル開発は、高いスキルの技術者を集めればいいというわけではないが、成功させるには、プロジェクトマネージャの高いスキルが求められることは間違いない」(植松氏)

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