せっかく引き出し活動をしても、得られた情報や、それらを元に導き出されたソリューションを放置していると、要求や成果に関する関係者の認識はバラバラになってしまい、分析活動は破たんしてしまうでしょう。
要求やソリューションの関係を整合した状態に管理し、関係者の認識を維持するために、BABOKガイドは「要求のマネジメントとコミュニケーション」KAを定義しています。このKAの概要は以下の通りです(図3、表6を参照)。
番号 | タスク名称 | 内容 |
---|---|---|
4.1. | ソリューションスコープと要求をマネジメントする | 実現対象となるソリューションスコープと要求について、重要な関係者の合意を取り付け、それを維持する |
4.2. | 要求のトレーサビリティをマネジメントする | ビジネス上の目的、要求、チームの成果物、ソリューションを構成する要素について、相互の関係を確立して、それを維持する |
4.3. | 再利用に備えて要求を保守する | 組織が長期間に渡って持ち続けると考えられる要求を、いつでも参照できる形に整理して維持する |
4.4. | 要求パッケージを準備する | 要求を関係者が理解しやすい形に整理して、利用可能な状態にする |
4.5. | 要求を伝達する | 関係者が要求について共通の理解を得られるように、情報を伝達する |
表6:「要求のマネジメントとコミュニケーション」のタスク |
「引き出し」KAと比べると、「要求のマネジメントとコミュニケーション」KAのタスク間の関係は複雑で、前のタスクの出力が次のタスクの入力にそのまま使われていないことが分かります。
「引き出し」は情報を取得するための一連の作業でしたが、「要求のマネジメントとコミュニケーション」は引き出された要求を常に管理下に置き、その情報を維持して、共有する活動であるため、ひとつながりの作業にはなりにくいのです。
「要求のマネジメントとコミュニケーション」KAで、特にポイントとなる考え方を以下にまとめました。
●トレーサビリティ
トレーサビリティ(追跡性)とは、根拠と成果または原因と結果をさかのぼり、因果関係を明らかに説明する性質や状態を指します。例えば、システム開発で要件変更が起きた際、どのシステムの機能がどの要件に基づくものかが明確であれば、変更によって影響を受ける機能が特定しやすくなり、その後の作業が楽になります。
筆者は日ごろよりプロセス改善のコンサルティングに携わっていますが、プロセス改善における標準的な参照モデルである「CMMI(Capability Maturity Model Integration)」の「要件管理(REQM)」プロセスエリアでも、トレーサビリティの確保を重要視しています。
●再利用できる要求
「再利用」というと、ライブラリのように何度も活用できる部品のようなイメージがあります。本KAで使われる「再利用できる要求」とは、その組織が長期的な観点で認識している要求を意味します。
「引き出し」によって多くの要求が得られたとしても、それらの要求のうちいくつかは、期間やリソース、組織の状況などの制約によって、ソリューションとしての実現が見送られる場合があります。しかし、そのように実現対象から外された要求も、本当はその組織が今後じっくりと腰を据えて取り組むべき重要なトピックかもしれません。一方、今回実現対象になった要求も、これから長い時間を掛けて継続的に検討し、さらに良いソリューションを模索していくべきものかもしれません。
従って、長期的観点から重要だと考えられるような要求は、将来にわたりいつでも参照でき、検討対象に加えられるように維持されるべきです。本KAではそうした要求を特定して管理する活動も定義しています。
●要求パッケージ
要求パッケージとは、要求の内容を適切な形式に整理し、まとめたものです。どんなにうまく要求を引き出しても、それらがバラバラに文書化されて散在していては、内容を理解して認識を共有することはできません。個々の要求文書を要求パッケージとして整理することで、関係者は要求を容易に理解できるようになります。
ここで重要となるのは、関係者ごとの関心事や求める情報の粒度などを明らかにすることです。例えば、システム開発において、システム導入による収支改善に興味がある経営者、業務負荷が軽減することに興味があるユーザー、運用面や保守面が心配なシステム管理者、構築を担当するシステム開発者など、関係者それぞれで関心事は異なります。経営者にシステムの詳細な設計内容をいくら説明しても、理解してもらうことは困難ですし、それは本当に求めている内容ではないかもしれません。
そうした理由から、組織における標準的な文書作成ルールにのっとって関係者ごとに情報の見せ方を変え、より同意を得やすい形式に整理した「要求パッケージ」をしっかり作り上げることが重要なのです(図4)。
このように、「要求のマネジメントとコミュニケーション」KAを実施することで、得られた情報が混沌とした状態になることを防ぐことができます。
今回は、ビジネスアナリシス活動を支援するKAである「引き出し」と「要求マネジメントとコミュニケーション」を紹介しました。BABOKでは、分析活動そのものに加えて、関係者から情報を引き出すこと、その情報をしっかりと管理下に置き、共有することが、ビジネスアナリシスの重要な活動だととらえています。これらがおろそかになると、いくら品質の高い分析を行ってもそれを生かすことはできません。
次回は、ビジネスアナリストに求められる能力を定義した「基礎コンピテンシ」を解説するとともに、現在のBABOKの周辺事情について述べます。
後藤 章一(ごとう しょういち)
株式会社豆蔵
数社にてソフトウェア開発業務、技術調査業務、技術講師業務などを経て、現在は主にプロセス改善や標準化に関するコンサルティングを担当。
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