リスク低減を最優先したため、期間とコストは倍に事例に学ぶシステム刷新(5)(2/2 ページ)

» 2010年10月27日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]
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期間を大幅に延長した新スケジュール案

 こうしたもろもろのリスクを考慮した結果、大日氏らは「スケジュールの大幅な変更が必要」という結論に達した。そこで同氏と、G10プロジェクト全体のPMO組織である「G10プロジェクト推進チーム」が中心となり、新たな全体スケジュールの素案が作成された。その概要は、以下の通りだ。

 五月雨方式の作業は一切認めない。

 まずは各プロジェクトとも設計作業だけを進め、開発作業に先行して手を付けることはしない。そして、9月にすべてのプロジェクトの設計作業が完了した時点で、システム間連携インターフェイスの整合性が取れているかどうかを一斉にレビューする。それをクリアして、同社の執行役員で構成されるステアリングコミッティで承認を得た後、あらためて開発作業の詳細なスケジュールを詰める。それに伴い、各ベンダに対する発注も、設計作業分と開発作業分に分けて別々に行う。カットオーバーの暫定期日は、当初予定の2011年1月1日から、同年7月1日へと半年間伸ばすこととする……。

 G10プロジェクト推進チームが提示したこのスケジュール案に対し、まず各ベンダが難色を示した。プロジェクト全体の期間が延びてしまうため、その分要員を長期間確保しておかなければいけなくなる。また、設計作業と開発作業の発注が別々になることも、ベンダ側にとってみれば、ビジネス上のリスクとなる。大日氏によると、どのベンダも「そうは言っても、どうせ開発までやるに決まっているのだから……」と、設計作業と開発作業の一括発注を希望したという。

 中には、スケジュールが伸びた結果、作業が発生しない期間中も要員を確保しておくために、追加の工数を大幅に見積もるベンダもあった。実際のところ、G10プロジェクト全体で見た場合、当初スケジュールよりも大幅にコストが増えることになった。しかし、「お金のことよりも、まずは確実ローンチさせることが最優先」という当初方針にのっとり、最終的には各事業部門のプロジェクトオーナーから追加コスト負担の了解を取り付けた。

 またベンダだけでなく、コンサルタントとして参画していたアビームコンサルティング(以下、アビーム)も、こうしたプロジェクト運営はさまざまな点で「非効率」だとして、あまり乗り気ではなかったという。アビームのこうした見解に対しては、大日氏は厳しく抗議したという。

 「プロジェクト側の立場に入ってやってもらっているのに、結局われわれにとっての本当の目的やリスクというものを理解してもらっていないと感じた。なので、その辺りはきっちり本音で話し合った」(大日氏)

プロジェクトオーナーとの社内調整

 こうして、新スケジュール案に対するベンダやコンサルタントの理解は、何とか得ることができた。しかし、社内における調整は少なからず難航したという。

 前述の通り、各業務システムのプロジェクトは、そのシステムを実際に使う業務部門の責任者がプロジェクトオーナーを努めている。業務部門側にしてみれば、新システムをなるべく安価に実現し、しかもなるべく早い時期から使い始めたいと思うのが当然だ。それに反して納期もコストも増大するスケジュール変更を業務部門に納得してもらうには、慎重なネゴシエーションが必要になってくる。

 さらにここで、G10プロジェクト推進チームが暫定案として作成した新スケジュール案が、ちょっとした連絡の行き違いから、各プロジェクト側に「最終案」として誤解されて伝わってしまうという不測の事態が発生した。しかも、プロジェクトオーナーの耳に入る前に、現場のプロジェクトマネジャーが先に知ることになってしまった。幾つかの不運が重なってしまっての結果だったが、プロジェクト側は血相を変えた。

 「各プロジェクトでは、『売り上げを上げているのはわれわれ事業部門なのに、その使い方をなぜお前たちだけで勝手に決めるんだ!』となり、あつれきを生んでしまった。そこで急きょ、誤解を解くためにプロジェクトオーナー全員に集まってもらい、今回スケジュールを組み直そうとしている意図を説明した」(大日氏)

 その場で各プロジェクトの当初スケジュールを出してもらい、それを一同に並べた上でリスクを1つ1つ説明したところ、最終的には合意を得られたという。その後、ステアリングコミッティを経て、最終的にはほぼ大日氏らが提案した通りのスケジュールでプロジェクトを進めていくことが決まった。

 しかし大日氏は、こうしたマルチベンダ体制下での社内調整の難しさは、今後もG10プロジェクトを運営していくうえでは、課題として残っていくだろうと見ている。

 「PMOがいくらコンセプトを唱えても、業務側には業務側の都合がある。『ほかの部署の都合に合わせるために、なぜウチがスケジュールを遅らせてコストも増やさなくてはいけないんだ!』という言い分は、確かにもっともだ。しかし、そんなことを言っていては、われわれのようなネットベンチャー企業は成り立たなくなってしまう。どのようにして、共通認識の中でみんながハッピーになれるようにプロジェクトを進めていくかが、今後の課題だ」(大日氏)

マルチベンダプロジェクトにおけるリスクの低減

 今回紹介したように、GDOは「マルチプロジェクト」「マルチベンダ」「同時カットオーバー」という複雑な状況下でプロジェクトのリスクを極力減らすために、一見セオリーとは反するようにも見える幾つかの施策を打った。

 その結果、プロジェクトのコストと期間は膨れ上がる結果となり、志賀氏も「結局、『期間2倍、費用2倍、満足度2分の1』という一般法則通りになってしまった」と苦笑いする。

 同社が打った施策が吉と出るか凶と出るかは今後判明していくだろうが、少なくとも「リスクの芽を早めにつぶしていく」「リスク低減のための投資をステークホルダーにきちんと納得してもらう」といった点は、ありとあらゆるプロジェクトに共通する重要テーマだ。

 特に昨今では、不況の影響からITプロジェクト予算が削減され、これまでのようなお抱えベンダ丸投げ体制から、コスト削減のためにマルチベンダ体制へ移行する企業が少なくないと聞く。今回紹介した事例は、そうした環境変化に対応する上でも大いに参考になるだろう。


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