業務破壊の地雷原、野放しのExcelシートをなくそう中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(7)(2/3 ページ)

» 2010年12月27日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

未管理のExcelシートは、業務ノウハウの属人化の象徴

 さて、10社が参加したコンペを勝ち抜いて見事、契約を射止めたN社ですが、N社がさらに自信を深めることになったのは、改革支援に乗り出す前に、次のような話を打ち明けられたためでした。

 実はG社では今回のコンペを開始するさらに半年ほど前に、全社システムの再構築を検討し、「情報システム部門が、あるIT系コンサルティングファームとともにERPを導入する計画」を策定し終えていたのです。それは「業務改革を行うとともに、メジャーな外資系ERP製品の導入を進める」という内容であり、「あとは実行するだけという段階まで至っていた」のでした。しかし、予算化して役員会に上申しようとした矢先に“ある事件”が起こり、計画はまったくの白紙に戻ってしまったというのです。

 ではいったい、G社が遭遇した事件とはどのようなもので、また、どのような経緯と狙いがあって今回の契約に至ったのでしょうか。実は以下の後編に、ERPの有効活用と業務効率向上のポイントが隠されています。引き続き事例に戻りましょう。

事例:Excelシートに込められた機能・ノウハウの見える化に挑戦 〜後編〜

 事件というのは「四国工場における生産管理上の大トラブル」のことであった。あるラインの生産計画を担当していたベテランのスタッフが事故で休職することになったのだが、ちょうどそのタイミングで大手取引先から急な増産依頼が入ってしまった。そこで、同じ部署のスタッフが、休職したベテランスタッフに代わって、彼が普段使用していたExcelシートをベースに生産計画を作成したところ計画に失敗。「納期に間に合わせることができなかった」のだという。

 「ある数量以上の生産計画については、普段使っているものとは別のExcelシートを使う必要があったようです。しかし、そのことを理解していたのは休職したスタッフだけだったのですね」

 その後、納期遅れについては社長が謝罪をすることで事なきを得た。ただ、これを受けて社長が、「現場業務でExcelシートがどのように使われているのか」「その活用ノウハウは組織できちんと共有されているのか」を全部門に調査させた結果、業務遂行に必要不可欠なExcelシートが多数存在し、その数は実に総計1000以上に上ることが判明した。さらに、その半数は各担当者のローカルPCにのみデータがあり、「部門としては印刷した紙でしか管理していない」ことも分かったのだという。

 しかも、それらのExcelシートはマクロやデータベースが組み込まれているものが多く、どれもブラックボックス化していた。情報システム部門は、こうしたExcelシートの存在は知っていたものの、各部門の現場業務に根ざした内容のため、「Excelシートの解析どころか、内容を理解することすらできなかった」のだという。

 「要するにこの一件で、弊社の生産現場は熟練者の持つノウハウによってのみ安定した生産が可能だということと、基幹システムは業務処理の一部を処理しているだけで、ほとんどはExcelに頼っていたことが判明したわけです。よって、『現行システムをそのままERPに乗せ替えたところで、その本質は何も変わらないだろう。業務効率化のためには、基幹システムに関する認識を抜本的に考え直す必要がある』と痛感したのです」

 G社のプロジェクト担当者はそこまで語ると、一息置いてからこうまとめた。「まず“業務の視点”で各種業務処理と、そうした処理を担っている膨大な数のExcelシートの機能を理解したうえで、あらゆる業務ノウハウを見える化する必要があります。そのうえで、それらのノウハウを機能として組み込んだ基幹システムを再構築する??これが本来あるべき計画だろうと考え直して、今回のコンペに臨んだわけです」

 これを受けて、N社の事業部長は「業務分析を強みとしているウチなら支援できる」と大いに自信を深めたのだった。

 「なるほど。Excelシートを全てなくす、つまりExcelシートの機能を全てERPに取り込むことは難しいですが、一部を取り込むことは可能でしょう。また、Excelシートの内容や機能を理解するためには、業務部門へのインタビューを徹底して行い、現状業務をひも解く必要があります。これは確かに、ERPパッケージの導入コンサルタントや、テンプレートベースでERP導入を行うようなベンダには難しい作業だと思いますよ。むしろ、スクラッチ開発の知識と経験が有効でしょうね」

 事業部長の言葉に、同席していたG社の関係者らは得たりとばかりに深くうなずいた。そして事業部長が指摘しようと考えていた“改革を成功させるポイント”を、自ら話し始めたのであった。

 「ええ、実は弊社もそう考えたのです。そこで上申予定だったERP導入計画を全面撤回して、業務部門主導で再検討することにしたのです。これを受けて社長は、『業務改革推進プロジェクトチーム』を新設し、業務部門出身者がそのリーダーシップを取るように直接指示を出しました。『問題はITシステムにあるのだから、この問題については情報システム部が主導すべき』という既成概念があったわけですが、『業務を改善するためには、システム主導ではなく業務主導で検討するべきだ』と考えたわけですね。そこで、『わが社の業務をどこまで深く理解してくれるのか』をベンダ選定の評価基準としたわけです」

 Excelシートに隠されている“属人化した業務ノウハウ”を見える化し、早急に組織で共有する。そのために業務の現状分析とExcelシートの解析を行い、確実に管理する基盤を築く。同時に、その機能を極力取り込みながらERPの構築を進める??具体的な方策については、N社の事業部長がまとめるまでもなく、N社から見ても“正しい結論”が、すでにG社自身で導き出されていたのである。

 「ただ、残念ながら弊社の情報システム部門には業務を見える化するだけの力はありません。そこで御社の力添えを期待するわけです。時間もお金も掛かることは分かっています。しかし、この件はいま取り組まなければならない重要な経営課題です。御社とともに、全社を挙げて取り組んでいきたいと考えています」

 「了解致しました」と、事業部長は声を強めた。そして取り組み内容を具体的に整理してみせた。

 「まずは現状業務の見える化とExcelシートの腑分けから着手することになります。特にExcelシートの管理ですが、初めに『複数の組織で利用しているExcelシート』『組織内で利用しているもの』『個人が利用しているもの』に分類します。このうち『複数組織で利用しているもの』『組織内で利用しているもの』については、間違いなく共有ノウハウとして必要なものである可能性が高いので、全社規模でのExcelシートの命名ルールを決めます」

 「次に利用者間で、各Excelシートについて、『内容と利用目的』『作成者』『管理責任者』『利用者』を明確にして、その仕様と保存ルールを整理するのです。こうした管理ルールを作っておくことで、属人化のリスクを最小限に抑えることができます。また、利用者が多いExcelシートについては、その機能をERPへの取り込み対象として検討します。複数組織で利用しているデータを確実に共有するとともに、情報漏えいのリスクに備える??こうしたシステム化手法がわが社のサービスの特徴の一つなのです」

 N社の事業部長の言葉は、G社の期待を裏付けるものとなった。安心したように笑顔を浮かべるG社の面々を見て、N社の事業部長は、G社の将来を左右するこのプロジェクトに責任を持って取り組む覚悟を決めたのであった。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ