「今だからできること」もある。復興こそ長期的な展望を中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(9)(1/2 ページ)

現在、被災した多くの企業が復興に乗り出している。だが、その被害の深刻さや先行きの不透明さから、ともすると長期的な展望を見失ってしまいがちだ。だが、こんなときでも希望はあるし、こんなときだからこそ建設的に考えたい――今回は、ERP、BPM、CPMに深い知見と経験を持つ鍋野敬一郎氏が、その独自の視点から復興に取り組む全ての企業にエールを送る。

» 2011年06月20日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

「そのBCP、ちょっと待った」

 大震災から3カ月余りがたちました。企業や地方自治体は着実に一つ一つ前に進んでいるように思いますが、迷走する政府や東京電力の復旧に向けた取り組みにはまったく先が見えません。テレビニュースやインターネットでその情報を目にするたびに、「“迷走の渦中にいる方々”に、前向きに取り組んでいる企業や地方自治体の人達が持っているリーダーシップや判断力の1割でも備わっていたら良いのに」などと、ない物ねだりの思いにとらわれてしまいます。

 一方で、全ての企業が平常業務に戻りつつある中、IT部門においても、具体的な取り組みが加速しています。しかし、「まず取り組むべきはBCP(事業継続計画)や、データセンターのバックアップ、リスク分散だ」という話をよく聞きますが、本当にそんなに目先の対処“だけ”で良いのでしょうか?

 IT部門はシステムのことだけを考えれば良いというものではないでしょうし、そうかと言ってゼロベースで今から大災害に耐え得るシステム基盤と堅固な基幹システムを再構築するというのも非現実的です。

 今回の大震災は、「地震」という災害に対する対策は予想していても、これに関連する津波や、電気、ガス、水道、物流といったインフラが長期間にわたって影響を受けるという波及災害は予想していなかったことを露呈しました。つまり、「災害の影響を最小限にとどめるための対策」と、「災害後の立ち直りを速やかにするための対策」は別であるということです。先ほど疑問を呈したBCPやデータセンターに対する取り組み“だけ”では、「災害後の立ち直りを速やかに行う」という発想が欠けたままではないかと思うのです。

 今回ご紹介するケースは、「復旧・復興というキーワードが、目先の対策のみならず、中長期的なIT戦略の見直しとERP戦略をも加速させた」というものです。これからの復旧・復興への長い取り組みを価値あるものにするために、ぜひ参考にしていただければと思います。

経営陣の危機感を全ステークホルダーで共有

 それではさっそく事例に入りましょう。中堅の精密機器メーカー、K社の事例です。

事例:中堅メーカー、K社の“復興戦略”〜前編〜

 K社は自動車やハイテク向けの精密計測機器を製造する中堅メーカーである。国内の生産拠点は本社がある愛知県と佐賀県、そして福島県の3個所であった。各工場で生産している計測機器はそれぞれ異なる用途向けのものであり、人材交流やシステム構築などは、これまでそれぞれの工場が独自の判断で行ってきた。

 しかし、今回の震災で福島県にある工場が被災し、現在も生産再開の目処は立っていない。その理由は、まず工場業務に従事している従業員の半数が被災者であるためだ。住居を失って家族との避難所暮らしを余儀なくされた人もいる。また、福島工場は製造ラインの機器類の被害は少なかったものの、建家は老朽化の影響もあって半壊状態であり、建て替えが必要と判断されていた。

 福島工場が再度生産を再開できるのは1年以上先である。とはいえ、先の事情から福島工場でのみ生産されていた計測機器を代替生産できる工場は他にはなかった。

 経営陣はこうした事態に対して、まず福島工場の従業員および家族に対して、福島工場再開まで一時的に本社愛知工場と九州の佐賀工場で勤務することを生活再建策として提案した。一方、家庭の事情などにより福島県を離れられず、

この提案を受け入れられない従業員は一時休職扱いとし、福島工場再開の際には再雇用することを約束した。併せて、福島工場の製造ラインを愛知県と佐賀県の工場に早急に移設し、夏を目処に生産を再開させることを目指した。

 こうした取り組みやその進ちょく状況を、取引先や販売代理店、顧客に対して、毎週、積極的に発信し、同時に現在残っている製品在庫や流通在庫を全て開示した。これによって、顧客離れや買い占めを回避し、復旧・復興への支援を強く要請したのである。大半の取引先はこの活動を評価し、主要顧客の他社製品への乗り換えは回避することができそうだった。また、納期が夏以降となることを承知で新たに発注してくれる顧客もあった。

 こうした中、K社の業務基盤を担うIT部門にも経営陣から3つの課題が言い渡された。そして、それに対する早急な提案が求められたのである。


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