「今だからできること」もある。復興こそ長期的な展望を中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(9)(2/2 ページ)

» 2011年06月20日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
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システム視点の短期策より、業務視点の長期策を

 さて、以上のように、メーカーとして深刻な事態に見舞われていながら、早急に対処を行ったK社の経営陣ですが、その迅速・的確な判断から、販売機会を損失するどころか、逆に顧客企業との信頼関係を深めている点が実に印象的です。ただ今後、顧客の信頼に応えるためには、実務で約束を果たしていかなければなりません。では、その実務を支えるIT部門は、この重い責任に対してどのような対策を編み出すのでしょうか。引き続き事例に戻りましょう。

事例:中堅メーカー、K社の“復興戦略”〜後編〜

 以上のように、従業員の生活に配慮しながら、対外的な信頼関係担保に努めたK社の経営陣は、次いでIT部門にも今回の大震災対応についての提案を求めた。そのテーマは3つあった。

 1つ目はBCPの対策である。これは単純に「データセンターを分散する」とか「システムを代替する」というレベルではなく、「非常時の業務遂行や生産プロセスも、ITシステムのBCPシナリオに合わせて見直す」というものであった。

 今回、福島工場は製造ラインもそのシステムも地震による影響はほとんど受けなかった。しかし電力が確保できなかったり、従業員やシステムの保守を請け負っているベンダのシステム要員が工場へ出勤できないなど、システム稼働以外の問題が生じており、従来から用意していた事業継続シナリオでは対処できないことが明確になったからである。

 2つ目は生産再開を早急に実現するために、福島工場のITシステムを本社愛知工場へ移し、これを愛知工場と佐賀工場に仮り置きされる製造ラインで利用できるようにすることであった。

 この作業は当初1カ月程度で完了すると思われていた。だが、実際に作業に取り掛かると予想以上に困難であることが分かった。前述のように、K社は工場ごとに独自の判断でシステムを導入し最適化してきた。このため、製造ラインや地元の取引先に合わせたきめ細かなカスタマイズや複雑な連携機能が随所に組み込まれていたのである。システムを別の場所に移してみると、こうした機能が動作せずエラーが頻発してしまうのであった。

 中には、すでに原型をとどめていないほどに改修されている機能もあり、その機能を解析して再構築すること自体、困難なケースが複数見つかった。しかも、当然のように地元ベンダが開発したシステムにはマニュアルもドキュメント類もなく、結果として、そうした機能を殺して手作業で対処する以外に対策はなかった。

 さらにデータの共有方法も「ファイルサーバに置かれたExcelシートやCSVのデータファイルを直接バッチで読み取ってシステム処理する」という危ういものもあり、生産管理システムとして不適切な点が多数見つかった。言わば“工場システムを現場任せにしてきたツケ”が一気に表面化したのである。結局、製造ラインが復旧する夏ごろまでにシステム移設もギリギリ間に合うというような見通しとなってしまった。

 だがこのことから、経営陣はある建設的な方向性を見出した。こうした生産管理システムの脆弱性を問題視したことを受けて、「福島工場が再建される1年余り後を目処に、工場ごとに独自に構築したシステムを統合・集約せよ」という指示を下したのである。これが3つ目のテーマだ。経営陣は「3つの工場それぞれが生産管理システムをバラバラに持つリスク」をあらためて認識するとともに、「これを機会にシステムコストを大きく削減したい」と考えたのである。

 だが、当然ながら新しいシステムをゼロから選定して導入する時間的な余裕もリソースもない。では、IT部門はこれにどう応えたのか?――

 結論は、「本社愛知工場で採用されているERPパッケージベースの生産管理システムに、福島工場と佐賀工場の生産管理システムを統合・集約する」というものであった。もちろん、これを実行すれば現場の業務プロセスにも影響が及ぶ。しかしシステム統合・集約は、その場限りではない、社の今後を懸けたトップダウンの判断である。そこで、2つの工場の業務遂行には可能な限り配慮するが、「時間とコストの兼ね合い」よりもその実行を重視し、「ある程度の業務プロセスの変更や、マニュアル処理による対応もやむなし」と判断したのであった。


 今回の大震災によって、ビジネス環境がより一層厳しいものになることは確実である。そうした危機感を経営陣が包み隠さず全社に伝えたこともあり、「必ずある」と想定された現場工場担当者からの厳しい反発も、今回は意外なほどに少なかった。

 IT部門としては多少拍子抜けした感もあった。だが、判断の正しさをあらためて認識し直すことにもなった。これによって福島工場の復旧だけではなく、従来ならまず無理だったであろう「バラバラの工場システムを一本化する」という長年頭を悩ませてきた課題も、一気に解消できることになったのだから。


どうか「“非常時だからこそできること”は多い」と考えてください

 こうしてK社は大震災という災害をきっかけに、これまで懸案してきた課題を着実に解消する方向へ向かっています。当初の短期的な対策「製造ラインとシステムの移設」を、「ITシステムだけではなく業務プロセスにも適用できるBCPシナリオの策定」にまで拡大した上、1年余り先の「生産管理システムの統合・集約」まで実施するというのですから、短期的にも長期的にも、実によくバランスの取れた計画だと言えるでしょう。

 昨今は「データセンターの分散による現行システムのバックアップ」や、「ホワイトカラーへの在宅勤務システムの導入」といった“システム目線の取り組み”から始めているケースが多くあります。しかしK社は、そうした目先のことしか考えていない企業やベンダとは異なり、短期的な施策だけに目を奪われることなく、“生産という製造業としてのコアコンピタンスを中心にしたIT戦略”に注力しているところが光っています。

 特に積年の課題であった「工場ごとにシステムがバラバラ」という問題をこのタイミングで一気に乗り切ろうと考えた点は、“タイミングを見極めた判断”であると思われます。平常時なら、どれほどリーダーシップのある経営者でも、現場からの強い反発は避けられないところです。その点、“危機感を同じく共有できる今このタイミング”で合意形成を図るやり方は賢明だと言えるのではないでしょうか。


 本来なら、IT部門には、自社を取り巻く状況を十分に理解した上で、難しい経営課題に対していつでも迅速に動けるような余裕がほしいところです。しかし現実は、膨大な日常業務に追われて、あらゆる課題が後手後手に回ってしまいがちな状況にあります。

 だからこそ、大震災から3カ月を経て、ようやく通常業務が見えてきた今このタイミングで、本来目指すべきIT戦略について再考すべきではないでしょうか。国内製造拠点の復旧やサプライチェーンのリスク分散、そして生き残りを懸けた海外拠点展開や、システムコストの抜本的な見直しなど、重要課題の全てに「IT戦略とその実行プラン」が不可欠です。その点、今回の事例は非常に大切なことを示唆してくれています。

 どうか、“非常時だからこそできること”は多いと考えてください。ERPに対する考え方もゼロリセットして、「もう一度見直す機会だ」と、ぜひ前向きに考えてほしいと思います。

著者紹介

▼著者名 鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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