野放しのExcelシートが、ERPを台無しにする中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(8)(1/3 ページ)

厳しく効率を求められるがゆえに、個々人がつい作り放しにしてしまうExcelシート。そこに込められたノウハウは自ずとブラックボックス化し、業務上のトラブルを招くばかりか、“全社的なデータの入れ物”である高価なERPさえも台無しにしてしまう

» 2011年03月10日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]

企業内に、ノウハウが詰まった未管理のExcelシートが散乱

 前回『業務破壊の地雷原、野放しのExcelシートをなくそう』は多くの方々に共感いただけたようで、筆者の所にも多くの同業者や顧客企業から「Excelシートの功罪について議論したい」というお話がありました。これにより、Excelシートが業務の属人化やノウハウのブラックボックス化を招きがちなことに、実に多くの方々が頭を悩ませていることをあらためて認識しました。

 Excelシートが業務を効率化するツールとして優れているのは間違いのない事実です。しかし、同時に大きなリスクをはらんでいるツールでもあり、「可能ならば何とかしたい」と考えている方は数多くいます。

 例えば、前回もご紹介したように、ある業務担当者独自の考え方で作られたExcelシートを“現場のノウハウ”として継承したが、そのExcelシートを改変したら計算値に不具合が生じてしまった、といったことは数多く起こっています。

 しかし、これを何とかしたいと考えても、「その内容や仕様を明確に理解できているのは、そのExcelシートを作った本人だけ」であるため、業務状況の変化に合わせて作り直そうにも、「仕様が分からないため直せない」というケースは多々あるのです。

 実際、筆者が顧客企業のコンサルティングにおいて業務調査をしていると、ほぼ確実に膨大な数のExcelシートを発見することになるのですが、その何割かは前任者から受け継いだExcelシートをベースにそのまま利用しているものです。そして、これらのExcelシートの多くに、現状では意味のない項目やセルが存在しており、その理由を尋ねると決まって「この項目やセルを変えると計算値が違ってしまうので、やむを得ずそのままにしています」という返事が返ってきます。

 情報システム部の担当者が必死に解析を試みても、業務ノウハウに根ざした経験や知識がないとExcelシートの意味を読み解くことは困難を極めます。しかし、それを使っている業務担当者は「Excelシートに数値を入力すれば、欲しい結果が出てくる」ということ以外、何も理解していないケースが多く、結果として「手が出せない」ということになるのです。

 ひどいケースになると、そのExcelシートがないと業務処理が滞るにもかかわらず、「仕様書はもちろんのこと、シートを使うためのマニュアルやメモも一切存在しない」という例もあります。日常業務に欠かせないExcelシートでありながら、固有の名称がなく、その作成者の個人名がExcelシートに付いているというケースも見られます。

 こうした企業がERPなどを導入して基幹システムを刷新しても、結局、現場のExcelシートはそのまま使われてしまうため、多くの場合、業務の標準化もできず、業務の属人化も変わらず、経営者や情報システム部門が期待した導入効果が得られない、という展開になります。特に「現場に優秀で熟練した担当者が多く、ジョブローテーションが少ない」企業にこうした傾向が強く見受けられます。換言すれば、「配置転換できないほど属人化が顕著であり、生産性の低下を食い止めにくい組織」ほどERPの有効活用は難しい、ということになるでしょう。

 こうした企業に、ベンダが紋切型に提案する「ERP導入テンプレート」や、成功事例をベースとした「ベストプラクティス」を無理矢理導入したところで、ERP導入が「成功した」とは言えません。とりあえずERPシステムが“動いているように見える”だけです。ERP導入を成功させるためには、システム導入のための上流工程の前に「現状業務調査」を行う必要があります。これは属人化している業務をひも解いて、ブラックボックス化しているノウハウを組織のノウハウとして標準化するための取り組みです。

 そこで今回は、前回に紹介した中堅製造業、G社の事例「Excelシートに込められた機能・ノウハウの見える化に挑戦」の続編をご紹介します。前回は、G社が業務の見える化、Excelシートに込められたノウハウの把握に乗り出すと決めるところまででしたが、今回はその後、属人化したExcelシートに込められたノウハウを把握するために「現状業務調査」に取り組んだエピソードをご紹介しましょう。

ブラックボックス化したExcelシートを見える化する「現状業務調査」

 それではさっそく事例に入りましょう。“システムの視点”だけではなく“業務の視点”でもERP導入を成功させるために、現状業務調査に取り組んだG社の事例です。

事例:Excelシート内のノウハウも含め、業務全体のガイドマップを作れ!〜前編〜

 G社では「現行の基幹システムをERPパッケージで再構築するプロジェクト」を進めていたが、その成果を最大化するため、プロジェクトをいったん中断し、業務知識に秀でたベンダを選び直すところからやり直した。そのために複数回、ベンダを対象にしたプロジェクト説明会を開き、それに対する各社の提案を受けた上で、10社以上の中から、同業他社の生産管理業務に精通しているN社をERP導入ベンダとして選定した(詳しくは前回を参照)。

 そしてN社とともにプロジェクトを再開したある日、N社のコンサルタントは開口一番、G社の情報システム部長に対して、次のように提案してきたのであった――。

 「システム導入のための上流工程を実施する前に、まず『現状業務調査』を行うべきです」

 G社の情報システム部長は、聞き慣れない『現状業務調査』という言葉に半ば面食らうこととなった。

 「その『現状業務調査』というのは具体的にはどういうものなのでしょう? ERP導入対象となる生産管理業務に対して行うものなら、生産管理業務については、以前、上流コンサルをお願いしたベンダが作成したドキュメントがあります。これには業務要件の課題が洗い出されているほか、システム化要件や必要となる機能も網羅されています。また、システム化の方向性や、企画?要件定義に至る超上流工程については情報システム部門でとりまとめています。これらの資料があれば、その現状業務調査は必要ないと思うのですが」

 情報システム部長は、N社のコンサルタントに確認するように質問した。するとそのコンサルタントは、慣れた様子で次のように説明するのだった。

 「なるほど、そうですね。ただ、この現状業務調査とは、その名の通り、現状業務について担当者に直接ヒアリングして、その回答を整理し、ドキュメント化する作業なのです。上流工程や超上流工程と重なる部分もありますが、その目的と範囲、そして進め方が少し違います。まず、目的ですが、『どうすればシステムを適切に導入できるか』を調べるのではなく、『現状の業務がどのように遂行されているのか』を調査します。『どの組織の、誰が、どの業務を、どのように行っているのか』を、広く浅く確認していくのです。その調査範囲は業務のエンド・トゥー・エンド、全プロセスを対象に行います」

 今回のメインのシステム導入対象は生産管理業務である。その業務プロセスは、営業部門における「販売計画」「受注管理」から始まっている。よって、営業部門から生産計画を立案する部門、購買部門や在庫・物流を管理する部門、品質管理部門、そしてプロセスの終点である、顧客からの問い合わせに対応するアフターサポート部門や、売り掛け金を計上する経理財務部門なども調査対象に入ることとなる。

 N社のコンサルタントはそうした各部門を挙げて、「すなわち、生産管理業務に関連する全組織、全業務をできるだけ洗い出します」と言うのだった。情報システム部長は、さらに質問した。

 「なるほど、システム化の対象領域だけではなく、業務プロセス全般について調査するのですね。それはBPMのコンサルティングと同じということなのでしょうか」

 「そうですね、BPMコンサルティングのやり方に近いと思います。ただし、現状業務調査は業務プロセスだけではなく、“業務ノウハウの所在”にフォーカスします。ヒアリングのポイントは、『誰が、どのようなノウハウを持っていて、それを紙やExcelシート、システムなど、どのようなツールで、どのような情報を、どのようなタイミングで、誰に受け渡しているのか』にあるのです」

 例えば、「生産計画を立案するのは誰か」「その作成はExcelシート、あるいは業務システムで行うのか」「いま使っているシステムは何か」「情報の伝達手段はFAXなのか、電子メールへの添付なのか」「文書の固有名称は何なのか」「どこに保管されているのか」「情報は誰に、どのように伝達され、フィードバックされるのか」などを調べるという。

 また、生産計画変更の頻度や対処方法、そのための手順書の有無、代替手段や例外処理の方法などのほか、「使われている用語が、部門や個人によって違った意味で使われていないか」なども調査する。こうしたヒアリングを行い、それを基にドキュメントを作成した上で、その内容を同じ担当者にもう一度確認するのだという。

 「そのドキュメントをたどることによって、“属人化しているノウハウやツール(Excelシートやメモなど)”を洗い出します。特にExcelシートをはじめ“部門をまたがって使われているツール”については、その業務の担当者が業務効率を良くする手段として、独自に作成・使用している例が多いのですが、これが業務効率悪化や、ERPの導入効果を低下させる原因になることが多いのです。そこで、そうしたExcelシートに込められたノウハウを標準化したり、その機能を基幹システムに取り込んだりすることで、各部門でノウハウ・機能を共有し、業務の属人化を解決するのです」


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