連載
» 2012年05月10日 12時00分 公開

何かがおかしいIT化の進め方(54):IT関係者は、原発事故から何を学ぶべきか (1/3)

第53回では、新幹線建設における「優れた全体構想策定」の在り方について考察した。今回はその続編として、“作られた安全神話”が崩壊した「原子力発電システム」のコンセプトについて考え、BCPや情報セキュリティ対策、ITシステム開発・運用の在り方を見直してみたい。

[公江義隆,@IT]

広く見る、深く考える

 第53回では、新幹線を“1つのシステム”と捉え、その「優れた全体構想策定」と、「あらゆる困難に打ち勝ちながら建設プロジェクトを推進できた動機」について、その背景を考えてみた。これらを支えていたものをひと言で言えば、「使命感」のようなものだろうと私には思えた。

 新幹線の建設プロジェクトを進めた島秀雄が海外視察に赴いたのは、外遊が現在とは比べ物にならないほど大ごとであった時代だ。その際、ライン河畔を走るオランダの電車を見た島には、機関車方式が常識であった時代にありながら、「高速電車列車による長距離鉄道」という、日本の将来の鉄道のイメージが具体的な姿として見えたのだろう。これはアップルのスティーブ・ジョブズが、ゼロックスのパロアルト研究所でコンピュータ試作機「ALTO」を見た経験にも相通じるものがあるように思う。

 島もジョブズも「1つの目標を考え尽くしてきた」という点は共通だ。彼ら2人の頭の中には、そのときすでに「自分がやるべきこと」に対する大まかなイメージがあったのだろう。人の脳は“深く刻み込まれた意識”に無意識のうちに反応する。ライン河畔で、パロアルト研究所で、彼らは自ら求め続けてきた問いに対して“自分だけが感じられる答え”を、はっきりと見つけたのではないだろうか。

 さて、今回は“作られた安全神話”が崩壊した「原子力発電システム」のコンセプトについて考えてみる。これを考える際には、「原子力発電プラント」のレベルと、核燃料サイクルという「原子力発電の体系全体」のレベルという2つの視点があるが、今回は前者の「発電プラントの安全にかかわるコンセプト」に絞って考えてみる。

 今、BCPや情報システムのセキュリティ対策を見直している企業も多いかと思う。しかし“自社の都合で「よし」としてきた仕組み”を採用した結果、この十数年の間に、狙いとは逆の結果に陥った施策も少なくない。大きく変わりゆく世界、社会経済環境の中で、国家も企業も国民も、どのような施策を立てるにせよ、もはやこれまでの考え方や、その糊塗策では済まないのだろうと思う。 今後のBCPや情報システム検討の参考にしていただければ幸いと思う。

自己矛盾を抱えた発電プラントのコンセプト

 事故発生直後、原子力の専門家と称してテレビをはじめメディアに登場する人たちが、口をそろえて「チェルノブイリとは違う」「5重の壁で防護しているから安全、放射能は外には漏れない」と繰り返した。「止める/冷やす/封じ込める」が原子炉の安全停止の条件という。「チェルノブイリとは違う」とは「核反応は止めた」ということを言いたかったのであろう。「違えば安全」というわけでもないはずなのだが……。

 核反応の暴走では、1999年に東海村の住友金属鉱山子会社の核燃料加工施設、JCOで起きた臨界事故のように、強い放射線被爆による死亡者が出る。JCOの事故では、わずかバケツ1杯の放射性溶液による核反応で3人が大量被爆をして数カ月のうちに2人が亡くなった。核反応の暴走で爆発したチェルノブイリではただちに31名が亡くなった。

 一方「冷やす」ことができなかった福島では、「ただちに健康被害のあった人」はなかったことになっているが、チェルノブイリ並みの多量の放射能を周囲にばらまいた(この今後への影響は不明だ)。さらに放射線汚染地域ゆえに、地震、津波後に救助されなかった人、病院での治療中断に巻き込まれた人、また厳しい避難行動 の中で体力を失った人など、失わなくて済む命を失った人は優に数百名を超えるだろう。これも視野を広げれば“原発事故による死者”だ。

 これまで、国や電力会社の原発の安全PRの中で必ずうたわれていた「5重の壁で防護しているから安全」という言葉について考えてみる。「5重の壁」とは具体的には以下の5つを指す。

  • 第1の壁:核燃料のウラン粉末が飛散しないように、焼結して直径、長さ1センチメートルのペレットに加工すること
  • 第2の壁:燃料ペレットを密封して詰めるために使う、ジルコニウム合金で被覆した燃料棒
  • 第3の壁:核反応を起こす炉心を納めるための圧力容器。これは270度の水蒸気を発生するため、70気圧に耐えられるよう厚さ16センチメートルの鋼鉄で作られている(注1
  • 第4の壁:圧力容器を内部に格納するための格納容器。厚さ3センチメートルの鋼鉄製で、さらに周囲を厚さ2メートルのコンクリートで覆い、放射線が外に出るのを防ぐという
  • 第5の壁:厚さ1メートルの鉄骨入り鉄筋コンクリート壁の建屋。ただし、屋根の部分は薄く軽いものらしい(日本では航空機の墜落やテロに対する防護構造はない)

注1:福島原発など主に東日本にあるGE開発の沸騰水型炉(BWR)の場合。主に西日本で使われるWH開発の加圧加圧水型炉路(PWR)では320度、150気圧で運転される


 ペレットの融点は2800度、被覆管のジルコニウム合金の融点は1850度、鋼鉄の融点1600度、コンクリートは約2200度である。福島原発では、第1と第2の壁はドロドロに溶けて(メルトダウン)、圧力容器中に落下。さらに、第3の壁の圧力容器を溶かして格納容器に流れ落ちた(メルトスルー)。メルトスルーの結果、(確認はされていないが)第4の壁の格納容器のコンクリートの床面も溶けた。なお、圧力容器系には早期に爆発、破損があった(ようだ)。

 第5の壁、建屋は水素爆発で大破した。つまり第1から第5まで、全ての壁は破壊され、大量の放射能が外部に放散した。それでも今回の事故はまだ幸いであった。第1と第 2の壁が一挙にメルトダウン、あるいはメルトスルーしていれば、大量の冷却水と反応して、圧倒的な破壊力を持つ水蒸気爆発を起こし、さらに大量の放射能を飛散させる可能性もあった。

 燃料棒を水で冷やすのが軽水炉のコンセプトである。燃料棒はひたすら冷やさなければ溶けてメルトダウン/メルトスルーにつながる。一方、ジルコニウム合金製の燃料棒に水をかければ、高温でジルコニウムが水と反応して大量の水素が発生し、これが空気(酸素)と混ざると爆発を起こす(注2)。


注2:圧力容器、格納容器には水素爆発を防ぐため窒素ガスを入れる仕組みが考えられている。しかし、そこが破損していれば、水素は外へ漏れ、あるいは外から酸素が容器内に入り水素爆発が起こり得る


 原子炉は電力が断たれ、あるいは冷却水の供給が断たれれば3〜4時間で空だき状態になる。そして一度空だき状態になってしまえば、上述のように、メルトダウン、水素爆発、さらには水蒸気爆発の危険性が待っている。水とジルコニウムの相性の悪さが、軽水炉のコンセプトの本質的な弱点のようだ(注3)。


注3:ジルコニウム合金は耐温、耐圧に優れ、ウラニウムの核分裂反応には必須の中性子を通す性質を持つ材料である。だが、900度を超えると水と化学反応を起こして水素ガスを出す。しかし、より適した材料は他にないようだ


 つまり、それぞれ個々に考えれば立派な防護壁であったはずの5つの備えは、全体から見れば、それらが本当に必要な深刻な事態に対しては役に立たない、いやそれどころか防護を破壊する原因になる(今回はなった)コンセプトのものであった

 さらに、こんな冗談のような矛盾まである。今回事故を起こした原子炉はGE(ゼネラル・エレクトリック)社の「Mark−1」という機種だが、この原子炉には「格納容器の圧力が許容値を超えた場合、放射能を外に出さないことが設置目的であるはずの格納容器を破損から守るために、放射能を内部のガスとともに外に放出して圧力を下げる」ための「ベント」という、つまり自らの役割を放棄する仕掛けが米国スリーマイル事故の後に付けられている。電力会社が自主的に付けた扱いになっているこのベントラインには、放射能の放出を抑えるフィルターは付けられてはいなかった。

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