IT関係者は、原発事故から何を学ぶべきか何かがおかしいIT化の進め方(54)(2/3 ページ)

» 2012年05月10日 12時00分 公開
[公江義隆,@IT]

原因側からの視野を欠くフェールセーフのコンセプト

 原子炉プラントの構造には、安全のための実にさまざまな仕組みが考えられている。しかし、それらは「ある不都合が起こった場合に『他の機能は正常に機能していることが前提』として考えられている」と感じられるものが多い。「一番太いパイプが破断しても、他の機能で冷却できるようにしておく」といったことである。

 しかし、「一番太いパイプが破断するような場合なら、対策に使う他の細いパイプやタンクも破損している」といった想定はしていなかったようだ。例えば今回の事故では、「電柱が倒れてディーゼル発電機も破壊されて停電につながった」という事象も報道されたが、「同じ場所に同じ種類のものを置けば、運命をともにしている」――つまり「1つの外部要因で複数のものが同時に壊れる」といった考え方はしていなかったようである。

 大規模なテロなど考えられなかった時代に、地震も津波も経験のない米国東部の「Mark-1」設計技術者には、そうしたことは思いもつかなかったのかもしれない。あるいは、部分最適の“狭い視野で原子炉内部について理屈で考えることだけに終始した結果”なのかもしれない。地震を知る日本の技術者が白紙から概念設計を行っていたら、多少は違った設計になったかもしれない。

 さらに「お互いに危険なものは近くに置かない」というのもフェールセーフの約束事だが、日本の原発は多数の原子炉を同じ場所に並べて建設している。1基が大きな事故を起こせば、放射能で人が退避せざるを得なくなり、制御を失った周囲の原子炉が心中することなる。例えば、今回の福島第1原発では、3号機の爆発で東電は現場から撤退しようとした。

 また、事故発生直後には1号機と2号機の間で情報に混乱が生じ、現地の責任者に正しい状況が伝わらず、誤った状況認識がなされていたために事態は一層悪化した。原子炉と使用済み燃料が隣同士に置かれる設計構造のため、危険も倍加している。使用済み燃料プールに置かれている放射性物質の量は、原子炉内の数倍であり、冷却できなければメルトダウン、メルトスルーを起こすし、大量の放射能を放出することになる。

 いずれにせよ、これらの原子炉の安全対策は、「構造的にも立地的にも事故は起きない、という前提で作られた」としか考えようがない代物だ。しかしどの分野であっても、全体を見られる人と文化がなければ、真面目な一担当者任せにしているだけでは、こんなことが起こるのが普通だ。事故後には、現場の技術者や作業員の献身的な行動と、それとは対照的な東京電力本店の経営幹部、霞ヶ関、永田町、学界関係者の言動が目立った。

出発点での導入技術依存が作る文化

 東京電力第1号の原発となった福島第1発電所の1号機は、工期とコストを気にし、またGE社の技術を信じ切って、米国の原発そのままに、いわゆるターンキー方式(すぐに使える状態で引き渡されること)で建設することとなった。この背景には、日本第1号の商用炉となった東海第1原発(1960年着工)において、仕様追加や設計変更によって大幅にコストが増加した経験があったようだ。

 「清貧と復興――土光敏夫100の言葉」(出町譲/文芸春秋社/2011年)によると、当時、GE社の下請けとして建設を請け負った東芝の社長、土光敏夫は東京電力に対して「原子力プラントは複雑なシステムだから、日本の技術者にチェックさせてほしい」と訴えたが、聞き入れてもらえなかったという。

 建設が先行し、技術が後追いというパターンが始まった。こうなると技術者にとっては、目の前にある現物の米国製の原発とその情報が教科書になる。概念設計の理解が不十分でも、また「米国の環境に基づく設計条件」と「原発の普遍的な設計条件」の区別が不明確なままでも、とにかく先へ先へと進めていくことになったのだろう。だが、ある程度進めば後戻りは困難になる。問題意識は薄れてくる。数十年もやっていると、やっていること自体やそれに対する考え方が常識になってしまうだろう。

 1950年代末、日本のコンピュータ利用もまた、要員の教育からシステム開発・運用のサポートまで、米国メーカーに“おんぶにだっこ”で始まった。日本の中に、「米国に特異な組織環境/価値観」と「IT化のための普遍的条件」とを明確に区別するユーザーは存在しなかった。

 今、日本のITが抱える問題の背景に、以上のような原発と共通する問題がある気がする。これが「コンピュータ屋の言うことはよく分からん」「閉鎖的」という社内一般からのイメージの一因になったであろう。

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