改革を「スローガン」で終わらせない方法失敗しない戦略実現術、プログラムマネジメント(3)(1/3 ページ)

本連載では、ソフトウェア開発会社における新規事業立ち上げのストーリーを基に、プログラムマネジメント実践のポイントを解説する。前回は、戦略とプログラムをつなぐ「ベネフィット・マネジメント」について説明した。今回は、プログラムを「何をやるべきか」というレベルにまで具体化する方法を紹介する。

» 2012年05月31日 12時00分 公開
[清水幸弥, 遠山文規, 林宏典,PMI日本支部 ポートフォリオ/プログラム研究会]

そのクラウド事業、プロジェクトの観点で本当に実現できるのか?

 【前回までのあらすじ】

 A社はCRM専業の中堅ソフトウェアベンダ。従来はライセンス型でソフトウェアを提供してきたが、クラウドコンピューティングの潮流に取り残されないため、今期、社運を賭けてクラウド事業を立ち上げることとした。

 クラウド事業立ち上げの推進リーダーに抜擢された速水は、サービス本部長の深沢のアドバイスのもと、社長の相沢や各本部を管轄する役員にヒアリングを行った。それを通してプログラムのベネフィットの定義を終え、ようやく個々の活動の洗い出しを行おうとしていた。

 そんなある日、速水は久々に深沢と飲みに出かけた。事業推進担当への異動が決まってから、2人で飲みに行くのは初めてのことだった。 


深沢 「クラウド事業立ち上げの仕事はどうだい?」

速水 「ええ、とにかく自分にとって初めてのことばかりで……毎日が勉強です。社長や役員の方々と直接クラウド事業について議論するなんて、考えてもみませんでしたよ」

深沢 「ははは。でも若いうちから会社の戦略に直接かかわる経験を積めるというのは、とても貴重なことだよ。事業化に期待する『ベネフィット』も、だいぶ整理できてきたんじゃないか?」

速水 「深沢さんにもご支援いただきましたしね。うちの会社がなぜクラウド事業を立ち上げようとしたのか、ようやく少し分かってきたつもりです。でも、次に何をすべきかについては、まだ頭が回ってないんですよね」

深沢 「速水君がいま言った『なぜクラウド事業を立ち上げようとしたのか』は、まさに『ベネフィット』そのものだね。次は『ベネフィット』を達成するために、『何を』しなければならないかに落とし込んでいく必要があるな」

速水 「ええ……まぁ今日は難しい話はなしにして、パーッと飲みましょう!」

――翌朝、速水は出社早々、昨晩の深沢の話を思い出していた。

速水 「ベネフィットを達成するために『何を』しなければならないのか……クラウドといっても千差万別だ。わが社が提供予定のクラウドサービスは、中堅・中小企業の市場をターゲットにしている。また、機能を標準化してカスタマイズを抑え、自社の生産性向上も図ろうとしている。従って……まずはそうしたクラウドサービスを構成するためのインフラと、その上で稼動するCRMアプリケーションの準備が必要だな」

 速水はもともとエンジニアである。ITインフラやソフトウェア分野の話には強い。その知識を生かし、必要なクラウドサービスの構成要素を想定しながら、これから具体的に「何をしなければならないか」をメモしていった。

  1. データセンターの準備
    →低価格で堅牢なデータセンターを外部事業者から借りる→低価格で堅牢なデータセンターを外部事業者から借りる
  2. ITインフラの準備
    →クラウドの基盤となるサーバ、ネットワーク、管理ソフトウェア、運用管理体制の整備。これらを自社で調達するか、外部事業者のサービスを利用するかは要検討
  3. CRMアプリケーションのクラウド基盤への移行
    →新しいクラウド基盤上で稼動できるよう既存のCRMパッケージを修正→クラウド上のCRMアプリケーションの課金体系を整備→新しいクラウド基盤上で稼動できるよう既存のCRMパッケージを修正→クラウド上のCRMアプリケーションの課金体系を整備

 「よし、だいぶやることが見えてきたぞ!」――速水は深沢のデスクを訪ね、メモしたアイデアをぶつけたみた。

速水 「深沢さん、今朝からいろいろと考えてみたのですが、いかがですか? ちょっと行けそうな気がしてきましたよ」

深沢 「うん……これはこれで必要なことだし、これだけでも大変なことだよな。でもさ、君がクラウド事業のリーダーになったって報告してくれたときにも少し話したけど、これだけじゃベネフィットは達成できないだろう?」

速水 「えっ? でも、クラウドのサービスの主な構成要素はこんなところですよね?」

深沢 「来年10月のCRM新バージョンの投入に合わせてクラウド化したサービスをリリースできたとしても、どうやって顧客を獲得するんだい? 放っておいても、3年後に今のライセンス販売に匹敵する事業になるのかな? あと、現在ライセンス導入している既存ユーザーのケアは?」

速水 「……」

深沢 「もちろん、1人で背負い込む必要はないよ。立ち上げチームの皆で知恵を出しあってみてはどうかな?」

 思わず絶句してしまった速水は、深沢のさりげないフォローに救われた気分だった。

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