一方、前のページで登場した「ゲート」という概念についても説明しておこう。深沢は「要所にゲートを作っておいて、『次に進めるための条件が整っていること』を確認することが必要になる。こうした作業があれば、必要な予算を『会社にとっての必要経費』として確保しやすくなる」と速水にアドバイスした。
これはどういうことかというと、プログラムに必要な資金を最初期の予算見積もりで全額確保しようとすると、どうしても総額が大きくなり、承認を得るのが難しくなってしまうためだ。かといって、予算額を少なめに申請すると、進捗が想定より順調であったりした場合、すぐに予算を使い果たしてしまい、不本意ながら進捗のスピードをゆるめたり、「どこかに余っているお金がないか」と予算調達に奔走したりするハメになる。
そこで「ゲート」が重要になってくる。深沢が話したように、営業部、開発部、サービス部など、複数のプレーヤーの事業進捗を要所要所で確認する「ゲート」を設け、なおかつ「ゲート通過地点でのKPIの達成状況に応じて、予算を増減できるような仕組み」を作っておけば、当初、不確実だった点が明らかになった時点で、投資額を合理的かつ柔軟に増減できる。こうした仕組みを整えておけば、一見、リスクが高い投資でも正当化できることが多いのである。
先の英会話教室の例で言えば、「半年分を一括で申し込んだら半額」というキャンペーンを実施していたとしても、即決で申し込むだろうか? 教室の雰囲気やカリキュラム、講師の質などの「不確実要素」を見極めるために、まずは短期のお試しプランで申し込み、さらには自分との相性を見極めてから、最適な料金プランを選ぶのが普通であろう。この行動の背景には、「未知の英会話教室に多額の現金を支払うリスクを回避したい」という考えがあり、そのために「本契約までの期間で投資を判断できる」ことが、受講の条件になっているのである。ここでのKPIは、「講師の質」や「自分との相性」などであり、本契約への更新時――すなわち「ゲート」において、KPIを元に投資を判断しているのである。
このように、ゲートを設けた予算計上の仕組みがあれば、投資のリスクを抑制できるため、経営サイドも承認しやすくなる。不確実性が高いプログラムでは非常に有効な方法と言える。
最後に、「事業の位置付けと目的、前提条件、投資対効果、フェーズを含めた実行計画、実行体制、KPIなどを『事業提案書』としてまとめ、田村本部長や、社長の承認を得ておくように」という深沢のアドバイスについても解説しておこう。
この「事業提案書」とは、要するに、前のページで紹介した「ビジネスケース」のことだ。追加予算獲得のために明確化したベネフィットやKPI、事業推進にかかわるチーム構成や主要コンポーネントなどを文書化して、主要なステークホルダーの承認を受けておけば、のちのちのトラブルも防止しやすくなる。何らかのリスクが顕在化したとしても、プログラムの進行に合わせて、関係者同士の合意の上で軌道修正していくことができれば、少なくとも資金面が原因でプログラムがストップすることは防止できるはずだ。
メンバーの入れ替わりが全くない場合は、作らなくても大きな問題にはならないことが多いが、トップを含め、主要なメンバーが少しでも入れ替わることがある場合は明文化しておくことが望ましい。
次回は、動き始めたプログラムにおいて多様な部門の足並みをそろえる方法として「インテグレーション・マネジメント」を紹介する。PGM標準(第2版)をお持ちの方のために、今回の内容に関連する項目を紹介しておく。
▼清水 幸弥(しみず ゆきや)
日本ヒューレット・パッカード株式会社にてITコンサルタント、エンタープライズアーキテクチャーやITガバナンス等のコンサルティング活動に従事。PMP、The Open Group Master Certified IT Architect
▼遠山 文規(とおやま ふみのり)
製造業・ベンチャー企業での研究開発、外資系ITコンサルティング会社でのコンサルティング・製品サポートでの経験を元に、開発現場の実務からIT導入までを得意分野とする。PMP
▼林 宏典(はやし ひろのり)
ジョージワシントン大PM修士コース終了。コンサルタントとしてPM、BPR、情報化計画等を専門とする。現在はデル株式会社で営業企画を担当中。PMP、PMS
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.