本能寺の変の原因は信長のパワハラ?:読めば分かるコンプライアンス(6)(2/2 ページ)
今回は、前回掲載した小説部分で取り上げたコンプライアンス問題について、筆者が分かりやすく解説する。
パワハラは便利な武器だ
「パワハラ」という言葉がこれほどまでにポピュラーになっているのは、それが、上司を攻撃するのに便利であり、かつ、その効果もテキメンである、という理由に基づくからだと思われる。
日本人には、「舶来物」を崇拝するという民族としてのDNAがあるといわれる。遠く遣隋使・遣唐使の時代から明治維新まで、そのDNAは脈々として息づいてきたし、現代においても、欧米の技術を改良して輸出する、という図式の中に脈々として息づいている。
そんな環境においては、はるか昔から行われてきた行動様式も、英語に訳すと何か新しいものに思えたりする。単に新しいだけではなく、何か特別の効果を持っているもののように認識される。
「セクシャルハラスメント」がそれだった。セクハラはいまに始まった新しいものではなく、昔から存在していた行動様式である。
ただ、米国でそれがビジネス界で使われる用語となり、さらに裁判沙汰(ざた)となって加害者・被害者の図式が出来上がり、加害者が多額の損害賠償義務を負わされるに及んで、日本でも、「セクシャルハラスメント」という言葉が知れ渡り、弱者(女性・部下)が強者(男性・上司)を攻撃する武器、あるいは弱者を強者の攻撃から守る盾として使われるようになったのである。
そしていま、新たに使われるようになった武器が、「パワーハラスメント」なのである。
パワハラという概念もセクハラと同様、昔から存在していた行動様式であるにもかかわらず、英語由来の音が当てはめられ、さらに略語化されるなかで、「部下が上司を攻撃する便利な道具」として認識されているのである。
しかも、上司の側もパワハラという言葉を知っており、それだけではなく、セクハラという言葉をめぐるかつての社会現象を身をもって体験しているだけに、「それってパワハラじゃないですか」といわれると、つい条件反射的に腰が引けてしまう。それがまた、部下のパワハラ指摘につながっていく……。
現代はそのスパイラル状態にあるといえる。
「それってパワハラです」――言う方もいわれる方も要注意
「それってパワハラです」と、言う方は楽である。
パワハラという言葉は市民権を得つつあり、いわれた相手(=上司)は身構えるし、言った方は周囲の賛意や同情や援助も得られる。何よりも、上司から受けるプレッシャーを解消してくれる効果がある。しかし、同時に、自分を成長させてくれる上司の叱咤激励を「パワハラ」という言葉で押し殺してしまう、というリスクもあるのである。
一方で、「それってパワハラです」と、言われた方は腰が引けてしまう。
セクハラという言葉が市民権を得て、何かというとセクハラだと糾弾され、最終的にはセクハラという概念が法律(男女雇用機会均等法)にまでなったという時代を経てきた上司は、「それってパワハラです」といわれると思わず腰が引けてしまうのだ。
しかし、ここでよく考えてみよう。
仕事をしていくうえでは、部下に正しい方向を教えたり、同じ過ちを繰り返させないように厳しく指導することが必要であり、上司として期待されている役割でもある。時と場合によっては、自信をもって部下をしかり、「それってパワハラです」といわれても動じないことが必要である。
結局は「コミュニケーション」なのだ
セクハラもそうだが、パワハラについても、結局は、常日ごろ部下とどのようなコミュニケーションをとっているのかで決まると思われる。
いわゆる、職場の風通しが良く、上司が自己の職責を正しく認識して、決して自己保身に走らずに、常に部下を成長させることを念頭に置き、部下も上司の指導に素直に耳を傾けるという環境であるならば、決してセクハラとかパワハラという問題は生じないはずだ。
コミュニケーションは集団を運営していく上で最も基本的な要素であるが、パワーハラスメントも、つまるところ、うまくいっていないコミュニケーション環境の産物であるといえる面があるように思われるのだ。
【次回予告】
次回は、「反社会的勢力への対応」をテーマにした問題を定義します。反社会的勢力への対応で悩んでいる方も多いと思われますが、実際にコンプライアンスの観点で見ると、どのような問題が浮かび上がってくるのでしょうか。この問題を分かりやすく解説します。ご期待ください。
著者紹介
▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)
中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。
主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。
著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)
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