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評価すべきNHKの「あまねく放送」義務へのスタンス西正(2/2 ページ)

» 2006年04月27日 09時41分 公開
[西正,ITmedia]
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NHKのスタンス

 政府による改革論議の俎上にあるとはいえ、公共放送としての自負を持つNHKは、どれか1つの方法で放送を届けられればそれで構わないという発想を持たない。電波だけでは送れないことからケーブルテレビによる再送信が行われてきた経緯からすれば、デジタル化後も同じように、電波や既存のケーブルテレビでカバーし切れないエリアが出てきそうなのであれば、それを無くそうとすることが優先課題となる。

 そうした検討自体が無駄だと決め付けてしまうことは簡単だが、無駄かどうかの判断基準が、経済性や効率性だけということでは、あまりにも軽薄な議論に陥ってしまう。NHKとしても、そもそものスタート点は電波による送信、すなわち全国各地に中継局を建てていって限りなく100%に近いところまで持って行こうと考えるところから始まる。地上波放送の送信の議論をしているのだから、その点は確かである。安易なハード・ソフト分離論とは前提からして異なっている。

 しかし、電波だけで放送を送ろうとする試みは、あまりに拘泥しすぎると、返ってコストばかりがかかることになりかねない。費用対効果についての議論は、そこから先のところを解決する上では重要である。

 ブロードバンドがこれだけ急速に普及している現状を考えれば、ブロードバンドを活用した再送信についても検討する価値はある。補完的な措置の中にも複数の選択肢は有って当然といえる。ただし、NHKは放送局であって、自らがブロードバンドを敷設する立場にはない。

 ブロードバンドを敷設していく計画は、通信事業者の経営判断によるものである。放送局が無理やり、全国各地に100%敷設すべきだなどと主張する筋合いにはない。

 そうであれば、ブロードバンドの活用を検討するのと同じ理由から、別の選択肢を検討しておくことになる。保険に保険をかけるようだが、全国各地に住む国民に等しく放送を届けることが公共放送としての使命である以上、フェールセーフとして、衛星というインフラの活用も検討することになる。

 衛星にもCSとBSがある以上、CSによる再送信を検討するのと同じ理由で、BSの活用も検討すべきである。CSの方がコストが安くても、基幹放送の再送信手段として降雨減衰の対策は必要である。民放は経済性を重視するのが当然だが、公共放送の方は逆に安全確実性を重視することになる。

 そうした姿勢をどう評価するかによって、「あまねく放送」の維持の可否が決まってくる。当然のことながら、地上波でも届いており、ブロードバンドでも届けられ、さらに衛星から全国に降らせるわけだから、ダブル、トリプルでカバーされるエリアが出てくる。

 それを無駄だと言う人はいるかもしれない。トリプルでカバーされることになるであろう都市部に住む人たちにとっては無駄に見えるかもしれない。NHKの受信料を、衛星による再送信のためにトランスポンダ費用を払うことになりかねないとか、ブロードバンドによる再送信のために通信事業者に使用料を払うことになりかねないと懸念する人も出てくるのかもしれない。

 しかし、地上波が届いている世帯から、ほかの再送信手段のために要する費用まで払いたくないという声が出ることになるようでは、基幹放送を国民全体で支えてきた仕組み自体が崩壊してしまうことになる。それを改革とは言わない。また、民放にまで同レベルのフェールセーフを求めるわけにはいかない以上、公共放送のスタンスを守っていく姿勢を非難することは正しくない。

 ゆえに、都市部の世帯にとってはダブルカバーかトリプルカバーになるかもしれないが、地上の電波が届かない地域も全国各地にあることを忘れた議論は出来ないのである。生活する地域によって情報格差が生まれることのないよう、あらゆる手段を使って「あまねく放送」を届けてきたのがNHKである。

 今まで、そうした仕組みは支持されてきたはずである。その延長線上で、デジタル放送時代になっても難視聴地域というものが一定レベルは出てくる以上、衛星やブロードバンドを活用した再送信も検討されて然るべきなのである。

 その部分についてだけで言えば、ハード・ソフト分離になっているかもしれないが、あくまでも再送信手段としての補完措置と位置づけている。日本の権利として東経110度上に、BS放送を行う周波数帯域として、17、19、21、23の4チャンネル分が確保されている。NHKはそのうちの1チャンネルを使って、地上波放送の再送信を行うことを検討している。これまで述べてきた考え方からすれば、それは肥大化でも何でもなく、「あまねく放送」についての使命感によるものである。

 ただし、これまで再送信の条件とされてきた「同一性の保持」は不可欠である。メインの放送だけを送るのではなく、データ放送も含め、電波で送信するのと限りなく近い形で送らないことには、再送信にならない。民放ローカル局が、IP方式や衛星による再送信に懸念を抱いているのもその点についてである。

 そうした部分の不安を取り除くための検証作業を、NHKは粛々として進めているところである。おそらく最も助けられることになるのが民放ローカル局であろう。そうした中で、ワンセグ放送にはデジタル化ならではのメリットが見出せそうであるのに、衛星やIP方式でカバーするとワンセグ放送が出来なくなるという批判の声が上がっているとすれば、そのこと自体が非難されても仕方あるまい。引き続きケーブルテレビによる再送信も行われていく。そこでもワンセグ放送は映らないので、衛星やIP方式に反対する理由にはならないからである。

 色々と注文を厳しく出すだけでは、最後は自力でやるしかなくなることになる。それでは経営が厳しくなるローカル局が出てくるということが、議論の発端であったことは再確認されるべきである。

 さらには、NHKが公共放送として「あまねく放送」を届ける義務を果たすべく、どのような考え方で色々な再送信手段についての技術的検証を行っているかについても、正しい認識を持つべきである。経営形態の見直しを行われながらであることも加味して評価すべきであろう。BSのスクランブル化などを断行すれば、確実に情報格差が生じることになる。改革という名の美辞麗句からは、公共サービスについての使命感をどう考えているかが何も感じられない。


西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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