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» 2017年04月04日 12時54分 公開

次世代放送まであと1年! 活発な動きを見せる8K最前線(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/3 ページ)

[天野透,ITmedia]

麻倉氏:4Kの話で8Kからは少々ズレますが、つい最近世界的プリマドンナであるニーナ・アナニアシヴィリの劇場ライブビューイング「最後のクラシック・ガラ」を観てきました。文化会館で行われたものを日本橋のTOHOシネマで観たのですが、これがなかなか素晴らしかったんです。まず画質は4Kらしい精細でスッキリとしたものでしたが、HLGのHDR収録なのに投影はプロジェクターが未対応のためSDR上映でした。演目が「白鳥の湖」で、白い衣装の陰影がトんだのは残念でしたね。HDRになると解像感も上がるため、それを想像しながら観ていました。

ニーナ・アナニアシヴィリ「最後のクラシック・ガラ」。バレエ界を代表するプリマドンナの歴史的公演が劇場中継された。これも4K・8K時代の新しいコンテンツ (画像提供:スカパーJSAT)

麻倉氏:それはともかく、感心したのは音の方です。映画館におけるバリバリした爆音ではなくて、エッジが丸く調子はフラットでバランスの良い音でした。どうやら音に関しては相当頑張ったらしいです。以前メトロポリタン歌劇場の「リゴレット」をライブビューイングで観た時は、映画的なバリバリ系の音でうんざりしてしまいました。たまたまニューヨークの現地劇場でも同じ演目を見ており、期せずして舞台と映画館の比較を行うことになったのですが、やはり音の調子が違うのはなかなか問題です。

 もしもそういうところまでちゃんとケアしてくれるのであれば、ライブビューイングはお金を払っても観たいものになります。臨場感がものすごく高くて音も良いとなると、舞台の観たい位置からスイッチングしてくれるライブビューイングというものはなかなか価値がある訳で、これが8Kになればすごくいいですね。

――8K環境を我が家に入れるというのは「お金を払っても観たくなる」ライブビューイングを、いつでも好きなだけ楽しめる環境を手に入れるというわけですか。しかも劇場と違って誰に気兼ねすることもなく、音響の好みも映像の調子も、あるいは最近流行りの”発声上映”(実際に声を出しながら鑑賞)さえも思いのまま。これは確かにAVファン垂涎の的ですね、まるで中世の貴族がお抱え楽団を自邸に呼びつけて演奏をさせる様なぜいたくです

東京文化会館に設置されたソニー「F55」カメラ(写真=上、中)と、日本橋TOHOシネマのソニー4Kプロジェクター(写真=下)。映画館という全世界に存在するインフラに対する新たな提案。演劇や大型ライブあるいはコンサートイベント中継のほか、例えばニューヨークの伝説的ジャズクラブ「ブルーノート」や「ヴィレッジヴァンガード」などの定期中継をしたりするのも面白そうだ。同時に“非映画的”な映像と音も求められるようになる (画像提供:スカパーJSAT)

麻倉氏:話を戻してNHKの8Kですが、8KならではのコンテンツということでNHKの担当者が話したのは「映像世界に引き込まれる没入型コンテンツ、映像現場に居るような体感型コンテンツ」というものです。「没入型」や「体感型」といったキーワードはAVが常に追い求めてきたもので、8Kの開発が始まった1995年からもずっと同じことをいっているわけですが、いまだにいわれ続けているということはまだまだ理想郷には到達していないという事の裏返しでもあります。そういう意味でAVにおける一種の到達点ともいうべき「没入」「体感」が8K放送によっていよいよ本番を迎えるのです。

 そんな没入型コンテンツの例として挙げられるのが、先に触れた「ルーブル 永遠の美」。これは没入型であると同時に体感型でもあります。シャープが試験放送用の8Kチューナーを作った時のお披露目で上映されたのがこのルーブルで、初めて目にした時には本当にビックリしました。生以上の感動、あるいは「生では絶対に見られない」という絵の本物感、微細感、そういったものがすごくありました。

――「生では絶対に見られない」というのは記録映像ならではの利点ですから、これを追求することは8K放送の本質的な価値を追求することになると感じます

麻倉氏:ところでルーブルの代名詞的コレクションといえば、有名な「モナ・リザ」を挙げる人が多いでしょう。あまりの人気のために特別な一室に専用の展示をされているこの名画は、実際の展示では世界中から一目見ようと集まった人で常にいっぱいで騒がしく、本当に眼前で見るということはなかなか難しいです。しかし8K映像ならグンとクローズアップして見ることができます。絵の具のひび割れに宿るリアリティーというか“時間の説得力”というか、現地では決してできないスタイルの鑑賞を可能にするのが映像技術なのです。

――ルーブルには僕も行ったことがありますが、世界的名品が居並ぶ中でもモナ・リザほど常に人が集まる作品はありません

「モナ・リザ」の展示の様子。ほとんど全ての美術品がほぼそのままで展示される中で、モナ・リザだけは防弾ガラス保護の上、柵で距離をとられている。最悪の場合は貸出中でお目にかかれないということも

麻倉氏:もちろん図録やWebサイトなどで詳細画像を見ることは可能ですが、生々しさや本物感、あるいはライブ感というものが出てくるのは8K HDRの細密描写ならではといえるでしょう

 超高精細を生かした展示をもう1つ。ブルゴーニュ公フィリップ3世の宮廷で活躍した初期フランドル派の画家であるヤン・ファン・エイクの「宰相ロランの聖母」。ブルゴーニュ公国の宰相だったニコラ・ロランがファン・エイクに発注したこの絵画は60cm四方の大きさで、壁一面の特大絵画も並ぶルーブルにおいては控えめなサイズです。この絵は高い身分を誇示する豪華な衣装を身にまとった宰相が聖母子にひざまずく「聖会話」と呼ばれる様式ですが、柱の上部には楽園追放やノアの方舟といった旧約聖書の彫刻がなされていたり、河を挟んで尖塔が立ち並ぶ公国の街並みが広がっていたりと、いたる所に極めて高密度な描き込みがなされています。

――これも世界的名画であることに疑いはないのですが、広大なルーブルですから「絵を見るためだけにパリに来ました!」というレベルの鑑賞をしないと大抵は素通りしてしまうんですよ。東京駅3個分にこれでもかと名画を並べ尽くした様を想像すれば分かってもらえるでしょうか、そんな中にモナ・リザのような「これを観ずには帰れない」というものも多くありますから、名画名品を次々と観ていかないととても周れません。ですが収録された映像なら1つの絵にクローズアップしますから、これはうれしい点です

元々ブルボン王家の宮殿だったルーブル美術館は、中央の「シュリー翼」に向かって、北側に左翼の「リシュリュー翼」、南側に右翼の「ドゥノン翼」がそびえる。画像はセーヌ川沿いの「ドゥノン翼」の端だが、これと同じ大きさの建物がもう2つあるといえば、ルーブルがどれだけ広大か伝わるだろうか。じっくり鑑賞をしようと思うと、最低でも3日は時間がほしいところ

麻倉氏:いうなればルーブルに3日間入り浸る様な鑑賞の仕方が誰にも邪魔されずにできるわけです。画家がディテールにこだわり、徹底的に描きこむ。そういったものが本物らしい物質感と色合いを持って、超精密に出てきます。これぞまさに8Kでないと実際には観ることができない、極めて貴重な映像ではないでしょうか。

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