映像技術の底力を見せつけたパナソニックとソニー、麻倉怜士のIFAリポート2016(前編):麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(4/4 ページ)
近年低調気味だったパナソニックとソニーだが、今年のIFAではそれぞれキラリと光る技術を公開した。現地を取材したAV評論家の麻倉怜士氏が、会場の様子を2回にわたって大いに語る。
麻倉氏:では、次にHDR(ハイダイナミックレンジ)関連の話をしましょう。映像の深みを新次元に導くHDR技術は、今やテレビ業界を覆うビッグトレンドの1つで、各社各様に対応していますが、近年の動きとしてはLGではDolby Vision(ドルビービジョン)という大きな流れが見られます。中国メーカーもドルビービジョンを採用する流れがあり、日系とサムスンは今のところ未採用です。
LGブースでは、ASTRAとBBCが作ったHLG(ハイブリッドログガンマ)テスト映像をはじめ、Ultra HD Blu-ray Discや一部OTTなどで採用されている“最も一般的なHDR”と説明されていたHDR10、“最も良いHDR”という説明のドルビービジョンという、現行全てのHDR規格が集結していました。HDRの一斉比較ができたという意味でLGブースは貴重ですね。
復習になりますが、HDR10はその名の通りダイナミックレンジが10bitなのに対して、ドルビービジョン12bitです。さらにメタデータはHDR10がコンテンツごとでの設定で、ドルビービジョンではより細かくフレームごとにあるという違いがあります。ドルビービジョンのダイナミックメタデータは平均値を超えたところに値があっても対応できるため、ディレクターズインテンションに即した忠実な画を見ることが可能なのです。
LGブースでのドルビービジョンのデモの様子。LGのテレビはドルビービジョンの他にもHDR10とハイブリッドログガンマ(HLG)という、3種類のHDR規格に対応しており、現行のHDRを網羅する貴重なメーカーでもある
こちらはASTRAとBBCが作ったHLGのデモ。ドルビービジョンを「最良のHDR体験」としているLGだが、リアルタイム放送では細かなメタデータを仕込むことは不可能なので、そういった場合にはコンテンツ側の設定が楽なHLGが活躍する
麻倉氏:このように規格としては三者三様の特徴を持ったHDRですが、技術的に先鋭的なのは、やはりソニーの「バックライトマスタードライブ」でしょう。今年のCESで展示され、今回のIFAで製品化が発表されました。日本国内でも「Z9Dシリーズ」として10月末から販売が始まります。
――新年早々に飛び出した4000nitsの衝撃は計り知れないものがありましたね。数字的にも画質的にも、他のテレビを完全に周回遅れ状態にしていました
麻倉氏:CESの展示は実にインプレッシブなもので、これまで液晶テレビは1000nits程度の明るさだったものが4000nitsを獲得することになり、圧倒的明るさを得た映像の全く異なる発色と雰囲気に驚かされました。最も、この時多くの人は「あの展示はあくまで技術コンセプトであって、商品化は相当先だろう」と思っていた訳ですが。
――そういえばソニーは2012年に全画素をLEDで構成する「Crystal LED Display」も「そう遠くないうちに製品化」として展示していました。今年の5月に「CLEDIS」としてB2Bユースでは出てきたものの、残念ながら民生品は未だに続報が聞こえてきませんね……
麻倉氏:ところがこのバックライトマスタードライブは異なり、出てきたのはなんと半年後です。というのも、実は商品かも含めて2年前くらいから準備しており、CESの展示はいわば市販化前提のものだったのです。
ソニーは2009年に発売された「XR1シリーズ」で黒を沈めて出た余剰電力で白の出力を伸ばす擬似HDR“”ともいうべきバックライト制御を行いました。当時は3原色バックライトというぜいたくなものでしたが、テレビ事業の赤字がかさんでしばらくはコストダウンでエッジライトに集約します。その2年後にバックライト制御はカムバックを果たすのです。「液晶における画質開発の根本はバックライトにあり」バックライト制御を究極まで突き詰めると映像はどこまで革新できるか。加えてバックライト制御に応じた液晶の階調作りも考えられます。
バックライトマスタードライブは、画質における液晶の極致を3年間に渡って追及した結果です。LED数や分割数をどれだけ増やすか、どのように制御するか、どのように組み込むか、あるいは横に漏れる迷光を光学系でどう防ぎ光を真っ直ぐ出すか。このような開発の集大成が4000nitsという輝度でした。
なぜ4000nitsかというと、ドルビービジョンで提案されたマスターモニター「パルサー」の4000nitsをにらんだからです。ドルビー自体は10000nitsを提案していますが、流石にそこまでは作れないということでパルサーは4000nitsに収まっています。今回のソニーは数字を公表していませんが、明るさは以前の4000nitsほどではなく、分割数もおそらく65インチと75インチでは1000〜3000nits、100インチで4000nits以上かと想像されます。
肝心の映像はというと、同じソースでもバックライトマスタードライブで見れば「ここまでの階調が入っていたのか」と思うくらい、黒から白までの階調のリニアリティーがとても良いですね。黒がきっちりと沈んでいるだけではなく、きれいな階調が特長です。驚いたのが、私がリファレンスに用いている「君に読む物語」の冒頭で、元データのbit数不足による階調の段差、つまりバンディングが他の液晶テレビと比べてかなり少ないことです。8bitソースなのでバンディングは元からありますが、階調がリニアに出ないとそれが強調されてギクシャクした画になってしまいます。階調を滑らかにするスムーズグラデーション処理をかけると、バンディングは減る代わりに細部が潰れてしまうのですが、バックライトマスタードライブは変に強調されることなく素直に情報が出ている感じですね。
それからわずか半年、早くも驚愕のバックライトを搭載したハイエンドテレビが登場。国内でも65V型「KJ-65Z9D」と75V型「KJ-75Z9D」を10月29日に発売されるほか、100V型モデル「KJ-100Z9D」も11月下旬から受注を開始する(受注生産品)
――信号処理も確かな技術と創意工夫の結果ですが、やはり物理特性の高さに由来する素性の良さは裏切らないというところですね。後編ではソニーブースのオーバービューをはじめとした各社の話題を中心にお届けします
麻倉怜士氏プロフィール
1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」にて副会長を任され、さらに津田塾大学と早稲田大学エクステンションセンターの講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“4足のワラジ”生活の中、音楽、オーディオ、ビジュアル、メディアの本質を追求しながら、精力的に活動している。
天野透氏(聞き手、筆者)プロフィール
神戸出身の若手ライター。「デジタル閻魔帳」を連載開始以来愛読し続けた結果、遂には麻倉怜士氏の弟子になった。得意ジャンルはオーディオ・ビジュアルにかかる技術と文化の融合。「高度な社会に物語は不可欠である」という信念のもと、技術面と文化面の双方から考察を試みる。何事も徹底的に味わい尽くしたい、凝り性な人間。
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