麻倉氏:色で特に印象的なのは、夕暮れの江ノ島を収めた最後のシーンです。夕日がたなびくビロードの空をたたえて複雑な輝きを見せる一大スペクタクルで、その中で富士山の頭が姿を現した奇跡の映像が映し出されます。この時の記録容量は残り2分ほどで管理担当者は撮影の切り上げを進言していたのですが、それを振り切って収めた執念の画です。ですがこういう場面で管理者というのは残り容量の半分をマージンとして確保するため、実際のところは4分ほどあったのだとか。
――それでも4分ですか、本当にギリギリの撮影だったんですね
麻倉氏:江ノ電の車内という限られた空間でのロケのため、機材は池上通信機の最新式ハンディモデルを使用しています(ハンディといっても“クレーンではなく三脚”というレベルですが)。それでも高画質のためにレンズはケチらずフジノンをおごりました。撮影は営業運転中に行われており、一般の乗客がいる中で車室の前方半分しかスペースがありません。そこでもう1つのアイデアとして19インチラックの専用カートをこのために作り、レコーダーやモニターといった環境一式を移動できるようにしました。
麻倉氏:色に関しては、カラリストの今塚さんが撮影から立会っています。一般的にカラリストは上がってきた素材をスタジオで調整するのですが、現場で自ら被写体の色を確認することで“色の記憶”が反映されます。これもHDRへのこだわりで、エンドトゥーエンドの画質作りが高い品質に貢献しているのです。
このような過程を経て、8K/60p、非圧縮の「ぶらっと江ノ電の旅」という14分のこだわり8K映像が完成しました。BT.2020の色やHLG(Hybrid Log-Gamma)によるHDR、8Kの精細感という、現時点で8K HDRが持っている性能を全て投入して作ったもので、それがハンディというカジュアルな設えと10人以内の人員に3日ほどの小規模ロケでできたことは特筆に値するでしょう。実行力と技術力が伴えば、リアリティを持った高画質8Kは作れるのです。
――こういった試みが8Kロケの礎となり、新世代の番組制作を支えるのですね
今回はNHKに限らず、8Kのさまざまな作り方が試されました。このようなトライにより、次世代映像のノウハウが各コンテンツプロバイダーに共有される方向に向いているというのは、確実なトレンドになってきています。今後8Kを含む放送の世界がどのような発展を遂げるのか、非常に楽しみなイベントでした。
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前編に続き、「技研公開」のレポートをお送りする。今回は8Kを中心とした「すぐそこの未来」がテーマだ。長年にわたってNHKの8K開発を見つめてきた麻倉怜士氏は、今年の8K展示からどんな未来を描くだろうか。
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