著者プロフィール:新崎幸夫
南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。
ファイナンスの世界では、「経営者は株主利益のために尽力すべきである」という前提になっています。今回は、そういう立場で話を進めていきます。
MBAのファイナンスの授業では、ちょっと独特の視点で議論が進むことがあります。例えば「会社は誰のものか」という問いがあったとしましょう。
同じMBAでも、組織論のクラスなどでは「会社はみんなのもの。従業員を大切にすることも大事だよ」といった話題も出ますが、ことファイナンスのクラスとなるとそんな甘い考えでどうする――という感じになります。「会社は……株主のものに決まっているでしょう? ほかに何かあるの?」といったところです。
とにかくファイナンスというものは「Cash is king!」「Show me the money!」の世界です。会社が目指すべきは、株価の極大化にあるべきだという原理原則が徹底しており、だからこそプロジェクトを走らせる時に、そのNPV(ネットプレゼントバリュー:当該事業の正味現在価値)を計算します。そしてトータルで判断し、黒字になるから企業価値はこれだけ増える、といった議論が繰り広げられるわけです。すべては、株主の利益を考えてのことです。
会社の中において、経営者はどういう存在でしょうか? これは株主に成り代わってマネジメントを行う“経営のプロ”ですね。株主のために、企業価値が上がるよう日々努力しなければなりません。はっきり言ってしまえば、彼らは株主の“エージェント”でしかないわけです。
とはいえ経営者が時に、自分の利益だけを追求することがあります。例えば、必要以上にオフィスを豪華にするなどの行為がこれにあたります。これを見た株主は「オフィスなんか、豪華であろうとなかろうと仕事はできるだろう! Show me the money!」と怒ることになります。
“株主のため”に存在するはずの経営者が、“自分のため”の行動に出てしまったとき――。これは「Agency problem(エージェンシー問題)」として認識されています。前回、前々回と買収絡みのトピックを取り上げましたが、M&A(買収・合併)の現場でもしばしばエージェンシー問題が起きます。経営者が「自分はクビになりそうだ」などと感じた時に、往々にして発生するのです。
例えば敵対的買収者が現れたとして、その買収者の提案により企業価値が大幅に上がるとしましょう。この提案は、ファイナンスの教科書的に言えば「受けて当然」なのです。しかし経営者が「わけの分からない奴に買収されてうるさく言われたくない」「自分の影響力が下がる」「クビになるような状況はイヤだ」などと感じ、買収に異論を唱えたとしたら、これはエージェンシー問題となります。
このような場合、経営者はどう振舞うのが正しいのでしょうか? 積極的に買収を進めるべきだと思います。複数の企業が買収に名乗りを挙げた場合など、CEOによっては買いたがっている企業2社を相手に交渉し「買収オークションの見事な指揮者」を務めて最も高値で売り抜ける……といったことも考えられます。それこそが、自分を信頼してくれた株主にとって1番得になることだからです。
M&Aには、組織再編やリストラがつきものですから、買収成立後にCEOはクビになるかもしれません。しかし手腕を示したCEOには、ほかの株主から「ぜひ今度はうちの企業経営を見てくれないか」とオファーが来るかもしれません。ファイナンスの教科書で記している「資本主義」とは、そういうものです。
イー・アクセスがポイズンピル(敵対的買収を防衛する手段の1つ)を導入した際に「企業価値向上検討委員会」を組織し、そこで発動するかどうかを判断してもらうと強調しました。極悪非道な「グリーンメーラー」(5月21日の記事参照)ならポイズンピルを発動するが、企業価値増大を図る買収者なら発動しない、というわけです2005年5月の記事参照)。2005年5月のことですが、これが日本の東証上場企業としては初のポイズンピル導入事例でした。
当時、「ライブドアがイー・アクセスを買収したらどうするか」という質問に対し、千本倖生会長兼CEOは「ホリエモンが会社の価値が上げられるなら、私はいつクビになってもいい」と言い切りました。会社のためになるのなら、いくらでも身を引こうというわけで、エージェンシー問題をしっかり意識したセリフであるといえます。筆者としても好きなセリフの1つです。
もう1つ注目したいのは、このセリフに“ホリエモンが会社の価値を上げられるなら”という条件が付いていることです。これは推測ですが、千本会長兼CEOには「イー・アクセスの経営を世界で1番上手くできるのは自分だ」という強烈な自負があると思います。その上で「ほかの人間が上手く経営できるならいつでも代わってやる」という大胆なセリフを言ったのだと思います。経営者として千本会長兼CEOの矜持が見え隠れすると思うのは、筆者だけでしょうか。
“企業が買収されない方法の1つは、すばらしい経営をすることだ”と言われます。優秀な経営者が、経営リソースをフル活用している企業なら、買収してマネージャーのクビをすげかえても大して企業価値が上がらないからです。
米国の経営者でいうと、今はCEOではありませんが米GEを成長させたジャック・ウェルチ氏が“神格化された経営者”として尊敬されています。ファイナンスの教授いわく、「ジャック・ウェルチの企業を買収して、経営改革を行おうという人間はいない。誰もジャック・ウェルチ以上の経営はできないからだ」。
欧米のファンドに買収されそうになって「えらいことになった」と買収防衛策ばかりを考えている経営者がいたとして、その人が無能とは限らないでしょう。しかし、その経営者がエージェンシー問題を意識しているのか。「弊社の企業価値増大に向けた提案を頂き、大変ありがとうございます」というセリフを心から言うことができるのか。また、マネジメントに関わるものとしての「矜持」がどのくらいあるのか。そんなことを、ついつい考えてしまいます。
米国でMBAで勉強をしていて、毎日英語をしゃべらないといけないのは以前お話した通りです。かと思うと時折日本語をしゃべれる外国人もいたりして、不意をつかれます。
親日家の外国人も多く「日本ではチャイニーズキャラクター(漢字)で国のことを“国”と書くだろ。しかし中国では“國”と書くんだぜ」などと解説しているのを見ると、なんでそんなに詳しいのか……と慌ててしまいます。
先日は韓国人が「Let's シマイ」などと言ってきました。「シマイ? sisterのことか?」と聞き返すと「違う違う、シマイ、finish」ということで、どうも「仕舞い(終い)」という意味で使っているのです。これも歴史的経緯からなのですが、日本語がそのまま韓国語化したフレーズもいくつかあるそうです。
米国人のなかには「日本人の名前の後には“サン”をつけないといけない」という意識があります。「何それ、サンて?」と聞いてくる外国人もまれにいますが、そんな時は横から米国人が「(映画の)ベスト・キッドを見ろ!」(Amazon)と指摘してました(同映画には日系人の“ミヤギ”が相手をサン付けで呼ぶ様子が描かれています)。“サン”と“サマ”“チャン”の違いにも興味があるらしく、「どういう時にチャンを使うんだい? CEOに向かって“チャン”と言ったらいけないのかい?」などと聞いてきます。
「うーん、CEOに向かって初対面で“チャン”を付けたら君はfireされる(クビ)だろう」と教えてあげましたが、この手の呼称は状況によるものです。彼らが日本に来てサン・サマ・チャンをきちんと使い分けられるのか、ちょっと心配になりました。
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