株の買収、囚人のジレンマを利用した「悪魔の誘惑」ロサンゼルスMBA留学日記

» 2007年05月21日 10時19分 公開
[新崎幸夫,Business Media 誠]

著者プロフィール:新崎幸夫

南カリフォルニア大学のMBA(ビジネススクール)在学中。映像関連の新興Webメディアに興味をもち、映画産業の本場・ロサンゼルスでメディアビジネスを学ぶ。専門分野はモバイル・ブロードバンドだが、著作権や通信行政など複数のテーマを幅広く取材する。


 前回は、敵対的買収について扱いました。この敵対的買収の際にはTOB(Tender offer bid もしくはTakeover bid)といって、要は市場で公開買い付けを行うことがあります。「いつからいつまで、どこそこの株を、これだけ欲しいです。買値はこれだけです」とアナウンスし、条件をオープンにして「買い」を入れるわけです。

 買い占める量が一定割合に達すれば「成立」ですが、届かなければ「不成立」ということでTOBはなかったことになります。先日、米シティグループが日興コーディアルグループ株式に対してTOBを行いましたが、「過半数を買いたい」というのが条件でした。結果的にはシティグループが61.08%にまで議決権を集めることに成功し、めでたく「成立」となっています。途中、シティ側から「(まだ分からないが)成立したと思う」といったコメントが聞かれたように、TOBが成立するかどうかは、実際にフタを開るまで分かりません。

 そこで、確実にTOBを成立させるために、ちょっとしたテクニックを使う企業もあります。「Two-tier offer」(2段階買い付け)というのがそれです。

 実を言うとこれは強圧的なやり方だとして、米国では複数の州で禁止されている“邪悪な”手法です。ただ以前紹介した「囚人のジレンマ」(4月23日の記事参照)を利用した仕組みで、学術的興味からも面白いものです。

異なる条件をわざと提示して「強制的に選ばせる」

 Tow-tier offerというからには、その買い付け条件は「2層構造」(2段階)になっているわけです。どういう風に2段階かというと、「最初はいい条件で」「後の方は比較的悪い条件」になっています。

 仮に1段階目のオファーが「100ドルで買う」、2段階目が「残った株主に対しては、10ドル程度しか提示しない」だとしましょう。1段階目で大半の株を手に入れた買収者は、少数株主に一定の金額を与えて株を買い上げ、市場から追い払ってしまうのです(1段階目のTOBが成立したら上場廃止になって、市場で株の取引ができなくなり、株の価値がかなり下落する……と置き換えて読んでもらってもよいです)。話を単純化するため、他の選択肢はないものとします。

 一般の株主は、100ドルで売るのはいいか悪いか、そのときに判断がつきません。買収者が「100ドルは良い価格ですよ、現在の株の価値にプレミアムをつけていますよ」とささやいたとしても、株主としてはもっといい価格で売れるはずだとか、今は現金化せず株の形で持っていたいとか、自分なりの思惑があるわけです。

 しかし、仮に自分以外の株主がこぞってこの誘いに乗ってしまったらどうでしょうか。しぶしぶながら、2段階目のオファーに応じて10ドルもらってひっこむしかないわけです。こういう恐ろしいプランを考えていると、株主としては1段階目のプランに応じるより仕方がありません。

 ちょっと囚人のジレンマのマトリクスに落としこんで考えてみましょう。

 「囚人のジレンマ」の回でお話した時ほどプレイヤーの利得(=どちらがどれだけ得をしたか)がクリアではないのですが、原理は同じです。仮にTOBで提示された100ドルという価格が、あまり根拠のない価格だったとしましょう。株主Aと株主Bは、どちらも我慢して株を売らない方がよいのです(もちろん実際には2人ではなく、無数の株主がいますが、ここでは2人だけにして単純化しています)。

 しかし情報共有できず、疑心暗鬼にかられた株主は、周りは売っているのに自分だけが株を売らないでいるという状況を恐れて、株を売ってしまいます。情報共有が必要だということで、誰かが広告をうって「株を売らないでおこう」と呼びかけても、この場合は大して意味がないかもしれませんね。裏切りを恐れる株主たちは、皆が提案に応じて、100ドルでTOBが成立します。

 これが良かったのか、悪かったのか。100ドルで株が売れたからよかったじゃないかと見る向きもあるかもしれませんが、株主としては「選択の自由を奪われて強圧的に株を売らされた」ということで、ペイオフ(どれだけ得をしたか)としてはやはり株主A、Bともにイマイチな結果に陥っていると解釈できます。2段階のオファーをすることによって「囚人のジレンマ」が成立してしまいました。

買収の“目的”にも“手段”にも善悪がある

 このテクニックは、卑怯なやり方だということで、米国では州によっては禁止されています。米国の場合、州ごとに買収・合併絡みの法律が違うわけですが、複数の州がTwo-tier offerを禁じているということです。

 前回の原稿でもちょっと触れましたが、敵対的買収は善か悪かという議論があります。買収が実は見せかけで、「オレが買い占めた株を高値で買い戻すなら返してやるが、どうだ」と脅迫まがいの行動をとる事業者は“グリーンメーラー”と呼ばれ、これは悪しき買収者の見本として認識されています。

 一方で、純粋に企業価値向上を願い「やりようによっては高い収益を上げられるのに経営者はサボっている」と義憤を感じている買収者は、これは簡単には悪だと判断できません。少なくとも、株主が株価の極大化を目指すのは資本主義の観点からいって、自然なことです。

 ただその過程で、上記のようなTOBがあったとすると、これはアンフェアで悪とみなすということで、市場関係者の合意が形成されています。要するに、「買収の目的」が善か悪か以外に、「買収の手法」が善か悪かという議論もあるということで、ちょっと面白い部分だと思います。

米国生活には図太さが大事

 米国人に共通するメンタリティについて、こちらで暮らしていて感じたことを書いてみます。まず、人当たりは、非常にいいです。以前の原稿でもお話しましたが、「相手をほめるところから入る」というコミュニケーションの基本が徹底しており、何かで失敗しても「惜しかったよ!」などと適切にフォローしてくれます。こういう態度を見ていると、「米国人っていい人なんだな」と感じることも多いです。

 一方で、いい加減なところもあるので、日本人としてはストレスを感じる部分もあります。端的にいうと、15分の遅刻は当たり前です(西海岸だからかもしれませんが)。みな遅刻しまくるのです。10分近く遅刻した自分が一番乗りだったこともあります。

 例えば銀行ですら、ときにいい加減なのですから、困ったものです。ある時、筆者のATMやデビッドカードが突然使えなくなりました。普通にカードリーダーに通すと「Unauthorized」(認証されません)と表示され、お金が下ろせないのです。慌てて銀行の窓口に行って聞いても、「うーんよく分からないから指定の電話番号に問い合わせて」などと、実に頼りない対応です。

 なんとか相談窓口である電話番号にかけて、担当の人間にまでたどりついたところ「ああ、こないだシステムの変更があってね。それで使えなくなったんだよ。ちょっと待ってて、今設定を変更するから……はい、これで使えるようになったよ」。何といういい加減さでしょうか。第一、そんなシステム変更の告知は全くされていません。

 ちなみにこのあとカードを使ったところ、やはりというべきか、再び使えませんでした。これは対応が比較的簡単で、特定の番号に電話することによって追加で「カードの初期化設定」が必要だったのですが、とにかく右往左往というか、米国生活の初心者としては戸惑うばかりです。

 「米国で生活するには、多少想定外のことが起きても平気でいられるよう、図太い精神を養うことが必要である」と、身をもって思い知らされた出来事でした。


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.