“クルマ離れ”の若者にアピールする自動車ビジネスとは? 神尾寿の時事日想

» 2007年08月24日 17時20分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]

 8月22日の日本経済新聞によると、首都圏に住む20代・30代の消費マインドは低く、「堅実でつましい暮らしぶり」(日本経済新聞)であることが分かったという。

 特に購入意欲が落ち込んでいるのがクルマだ。同記事によると、この調査で「乗用車を持っている人は20代で13.0%。2000年に質問紙に記入してもらう方法で実施した同様の調査では20代の所有率が23.6%だったのに比べ、10ポイント以上低下した」(日本経済新聞)というから、事態は深刻だ。

 首都圏は公共交通が発達しており、一方で駐車場料金が高い。例えば、筆者は独身時代に中野区に在住していたが、当時、マンションの敷地内駐車場料金は月額4万円だった。他にガソリン代や毎年の自動車税がかかる。生活の必要性が薄いうえに、クルマ購入だけでなく維持費も高く付くという環境では、“クルマを所有しにくい”のは確かだ。

 しかし同じ首都圏でも、中心部から離れた区や市部で探せば、月額1万円台で駐車場が借りられる場所は未だ多くある。生活における他の支出を減らし、駐車場の借りやすい地域に住むなど、生活の諸条件で妥協と努力をすれば、若者でもクルマが所有できないわけではない。若者のクルマ所有率が年々下がるのは、結局のところ、「(少し無理をしても)クルマを持ちたい」という意欲が薄れているからだろう。

クルマの「所有」から「利用」へ

 首都圏は極端な傾向であるが、若い世代を中心に「クルマの所有」に対するニーズやこだわりは薄れてきている。かつては、多くの若者にとって高性能車や高級車はあこがれの対象であったが、今はそうではない。誤解を恐れずに言えば、クルマも電車やバスと同じ“移動手段の1つ”に過ぎない。クルマを趣味やステータス(社会的記号性)の対象として見る消費者が20代や30代の層を中心に減ってきているのだ。

 そのような中で、新たな自動車ビジネスとして注目なのが、クルマの「所有」ではなく「利用」をターゲットとする事業だ。この分野は以前からレンタカーや法人向けリースがあったが、よりカジュアルな個人向けサービスが活性化する兆しが見え始めている。

 例えば、レンタカー事業者の大手オリックス自動車は、今秋からカーシェアリング事業で首都圏エリアのステーション数を45から100拠点に拡大し、車両数も73台から200台体制とすると発表した(8月23日の記事参照)

 オリックスのカーシェアリングでは、入会金と月会費を支払い、15分単位でクルマを利用する。クルマの鍵はFeliCaを使った電子錠で、センターで集中管理。利用者は携帯電話のネットサービスで予約し、各所に設置された車両ステーションでFeliCa会員カードもしくはおサイフケータイをクルマにかざせばいい。従来のレンタカーのように、カウンターで書類手続きをする必要はない。気軽に“使いたいときだけ利用する”ことができる。

 オリックスカーシェアリングの利用料は、月額3980円のプランで140円/15分、月額1980円のプランでは240円/15分。タクシーより割安で、バスより少し高いといった感覚だ。都内の“ちょい乗り”や、近所の買い物といった使い方ならば、所有するだけで維持費や税金がかかる自家用車よりも、はるかにコストパフォーマンスが高い。

オリックスカーシェアリング

「一定期間だけ所有」する個人向け残価設定リース

 カーシェアリングと並び、最近、注目されている新たな“クルマ利用サービス”が、個人向けの残価設定リースだ。

 これは一定期間(2〜3年)後にクルマを返却することを条件に、利用期間中のリース料を支払うというもので、リース事業者は契約終了時点の残価(中古車として売却したときの価格)を差し引いた金額から月々のリース料を算出する。新車は初回車検までの残価率が高く、個人利用ならば走行距離が短く、事故リスクが低い。リース事業者はコストを抑えて、利用者の負担するリース料金が低く設定できるのがポイントだ。また、消費者からすれば、利用開始時に頭金や諸費用が必要なく、毎年の税金負担もない。駐車場は用意しなければならないが、契約期間中の支払総額は新車購入より低くなる。むろん、購入ローンと異なり、契約終了時にそのクルマが自分のものになるわけではないが、「一定期間だけ所有する感覚」でクルマを利用するならば、合理的なサービスといえる。

 個人向け残価設定リースは、以前から日産自動車の「日産マイリースプラン」や三井住友銀オートリースの「マイカーリース Carグルメ」などがあったが、最近ではオリックス自動車が「いまのりくん 2年コース」を積極的にPRし、契約数を伸ばしている。いまのりくんでは新車を2年ごとに乗り換えることが可能であり、クルマを所有する代わりに、“新しいクルマに乗り続ける”ことができる。

日産マイリースプラン(左)とマイカーリース Carグルメ(右)

 かつてのクルマは、家に次ぐ大きな買い物であり、所有することに大きな意義があった。クルマを持つことに憧れ、自宅のガレージに収まるその姿に、誇りを持つ世代がいたことは事実だ。しかし、時代は変わり、クルマは数ある移動手段と消費対象の“1つ”に過ぎなくなった。国内市場でクルマの所有を喚起するのは今後さらに難しくなるだろう。

 しかし、その一方で、クルマが価値のない存在かというと、そのようなことはない。クルマが便利なツールであることは確かだ。消費者がライフスタイルや経済環境にあわせて利用できるサービスが充実すれば、クルマの存在価値はなくならないどころか今以上に拡大するだろう。誤解を恐れずにいえば、自動車メーカーは「クルマを所有してもらうこと」に囚われすぎなのだ。“クルマの利用”を1つのサービスとして考えれば、新しいビジネスの可能性は大きく拓ける。それを後押しする情報通信技術を利用できる環境は、十分に成熟しているのだ。

 首都圏・若者を中心とするクルマ離れは、新たなカーライフと、それを支えるサービス事業にとって追い風になりそうだ。

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